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束縛が解けた日

街に買い物に来た二人の前に現れたのは?

従者視点。

五月十一日 午後十三時頃。


私と、私の隣を歩く彼女..フィナン・ワニスは一緒に街に買い出しに来ていた。


彼女が仕事で使う材料や、私が仕事で必要な物を買うために。


私一人、あるいは主一人でも外出出来ないわけではないが、一緒に来ているのは訳があった。


欲しいものを言った本人がいるのが分かりやすいからというのもあるが、一番の理由はこの主の買い物の下手さが原因。


たくさん買わなくていいものを間違ってたくさん買ってしまったり、買わなければならないものを買っていなかったりと過去にいろいろと大変なことになったので、現在はこうして必ず買い物には二人で来るようにしている。


「絵の具が三種類と食材が五種類…その他にも買うものありと…今日の買い出しは長時間になりそうですね、主。」


「でも、その分スフちゃんとたくさんデートできるから私は嬉しいかな、えへへ。」


「…遊びに出てるわけじゃないんだぞクソ主、買ったらさっさと帰るぞ。」


「むぅ~、またクソ主って言ったあー!意地悪~。」


私は少し浮かれ気分の彼女を軽くあしらいつつ買い出しを続け、次々と必要なものを揃えていく。


---------------------- --------------------------



そしてすべての用事が済んだ頃には、空に夕日が登る時間になっていた。


「これですべて買い終わりましたね、帰りますよ、主。」


「はぁい~わかったよお…。」


私が彼女にそう声をかけると、彼女は少し物足りなさそうな顔をしつつもおとなしく帰り道を歩き始める。


コツコツと二人の歩く音だけが響き、徐々に屋敷へと距離が近づいていたが、突然私達の進む道の先から、見覚えのある顔をした人間が同じ用に道を歩いて迫ってきていた。


ある程度顔が見えるほどになったとき、私の顔は一瞬にして青ざめる。


その人間は、私がこれから生きていく上で二度は見たくなかった顔。


私の前の主であり、私を捨てた人物。


私が今でも苦しんでいるトラウマの原因を作った相手だった。


吐き気がする。どうしよう、怖い…怖い。


息も上手くできない…。


私が声を出すこともできないまま、その場で顔を青くしたまま目を見開いていると、隣にいた彼女がすかさず私の顔を身体ごとぐいっと自分の腕の中に引き寄せた後、自分の手を使い私の目を塞いだのだ。


その行動により、私の視界は必然的に暗くなり彼女とその人間の声しか聞こえなくなる。


上手くできていなかった息も彼女のおかげで少しずつできるようになっていたが、身体はうまく動かず、私はただただ必死に彼女にしがみつき怯えることしかできなくなっていた。


そして、それを見たであろう人物はそれが気に食わなかったのか、彼女と言い争いを始めてしまった。


なぜ私と一緒にいるのかとか、お前の行動はおかしいとか。


今の主である彼女に、私のせいで罵倒が何度も浴びせられる。


元々二人が仲が悪いのは知っていたが、ここまで酷い言葉が飛び交うのを聞くのは初めてだった。


暫くその状態が続き、ついには思わず耳を疑うような言葉が私と彼女に浴びせられた。


『私を返して欲しい、返してくれないならお前の悪い噂を流す。』と。


どうして…?一度捨てることを決めたのは貴方なのに。


尽くしていた私にその辛さを与えたのは貴方なのに。


でも私が戻らなきゃ彼女に…フィナンにその仕打ちが来てしまう…だけど戻れば私はまたあの辛い日々に戻らなければいけない。


どうすれば…どうすればいいんだ。


私が彼女の腕の中でひたすら考えながら居ると、彼女が私を強く抱きしめた後、その人物に向けて言葉をぶつけるように返した。


「どうぞどうぞ存分に噂でもなんでも流してください、そんなことで私の価値なんて落ちないので。なんたって私は超人気作家と画家ですから。」


見なくても声だけで分かる、彼女の自信のある顔。


どうして私に戻れと言わないんだ…もし評判が落ちたら彼女の大好きな絵や物語を書くことができなくなるかもしれないのに…。


彼女が…フィナンがそこまで堂々とそう言える理由がわからない。


あまりにもポジティブに対応する彼女の態度に嫌気がさしたのか、その人は私と彼女に軽く言葉を吐き捨てた後、私達の前から居なくなった。


そして彼女と再び二人きりになったので、私は彼女から離れ、彼女の両肩を掴みながらぶつけるように言葉を投げかけた。


「なんで…なんであんな事言ったんだ…!もし本当にありもしない噂を流されてあんたの仕事がなくなったらどうするんだ…!私のことより自分の事を優先してくれよ…。」


半分八つ当たりも含まれているであろう口の悪い強い本音を、私は彼女にぶつけずにはいられなかった。色々と思うこともあったから。


私のその態度に彼女はすごく驚いた顔をしていたが、彼女の目はずっと私をまっすぐ見つめていた。


「スフちゃん、私はね…自分の仕事より貴女が大切で大好きなの。だからあんなやつに貴女を返したくなかったし、返したらスフちゃんがどんなひどい目に合うか嫌でも分かるからなのよ。」


「…っ…だからってあいつが言ってた事をこのまま放置しておいたら…フィナンの今までの努力が水の泡になるかもしれないんだぞ…!」


彼女の頑張ってきたことが、全部崩れるかもしれないと思いだしたら、溢れる気持ちと涙を抑えることができなかった。


「スフちゃん…そんなに考えてくれてたんだね、ありがとう。」


どうして…どうしてありがとうなんだ…。


ずっと幼馴染を続けてきて、主と従者として暮らしてきたはずなのに…今だけは彼女の真意がわからない。


もう、何もわからない。


私が彼女の言葉を聞いたことで完全に意気消沈しているのに気づいた彼女は、そうなっている私をぎゅっと抱きしめ周りにも聞こえるであろう声で言葉を返してきた。


「もう、あいつに縛られなくていいのよスフちゃん。貴女の主はこの私。あいつが何を言おうとも貴女は私の大切な従者、守るのは主の役目なの。

それに私は超人気作家と画家だから、あんな小さな心しかないやつの言葉で落ちるような評判の低さじゃないわ!えっへん!」


「…なんだ、それ…なんでそんな自慢げなんだよ、クソ主…本当…に…本当に…ばか、だな…。」


「あら、私はばかじゃないわよ?超天才だから!」


彼女の自信のありすぎる言い方と理由に、泣いていたはずの私は思わず笑ってしまった。


私はこいつに…大好きな幼馴染に仕えれて本当によかった。


今度こそ、捨てられることはないんだ。


信頼する、大切な主に。


大切な、人に。


私が涙を目元に残しながら口元に手を置いて笑っていると、彼女はそんな私の両手を掴み自分のおでこと私のおでこを軽くくっつけながら私のことを綺麗なピンク色の瞳でまっすぐ見つめてくる。


夕日より綺麗なその瞳が今の私には眩しすぎたけれど…これまで生きてきて今が一番幸せだとこの時私は思えたのであった。



---------------------- --------------------------


その後私は、彼女と手を繋ぎながら屋敷まで走って帰った。


屋敷についてすぐ、私と彼女は着替えることもなくベッドに身を投げ、そのまま眠りについてしまった。


そして次の日、私はお昼頃に目を覚ました。


私より先に彼女は起きており、私の着ていたタキシードは寝間着に着替えさせられており、汗も綺麗に拭かれていたため身体に不快感もない。


「おはよう、スフちゃん。よく眠れた?」


「すみません主…寝すぎてしまって…仕事に穴を空けてしまいました。すぐ仕事を…。」


「敬語…あと主じゃなくて…フィナン。」


「あ、ある…フィナン、ごめん。」


「ふふん、それでよろしい!ほら、髪の毛整えてあげるからそのままベッドに座ってて。」


「いや…でも…。」


「いいからー!」


彼女は起きてベッドに座ったままの私の後ろに座ると、櫛で私の髪を綺麗に整え始めてくれた。


少しくすぐったいが、心地はよかった。


私がおとなしく彼女に行動をさせていると、彼女が髪をとかしながら私に問いかけてきた。


「ねえ、スフちゃん。これでもう、髪も短くする必要もないんじゃない…?前みたいに長く伸ばしても、もう貴女を苦しめるものはないから…。」


「…ううん、私は、この髪型でいいよ。」


「ど、どうして?その髪型は元々…。」


「これで、良いんだ。だってこれは……なんでもない。」


「…スフちゃん?」


だってこの髪型は、トラウマで引きこもり自分のことを否定していた私を彼女が引っ張り出して、自ら髪を切ってくれて。


それを私らしくて素敵だと言ってくれた、あんたの一番好きな髪型なのだから。


…恥ずかしくて、本人には言えないけれど。

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