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揺らぐ気持ち

悪夢を見て夜中に目が覚めたスフレの元にやって来たのは?

従者視点。

四月二十七日 午前一時。

その日の夜中、私は嫌な冷や汗をかきながら目を覚ました。


私はむくりとベッドから起き上がり、部屋にある鏡の前に向かう。

そして自分の顔を見て、思わず深い溜め息をついてしまった。


ひどい顔だ。悪い夢を見たのだから仕方がないのかもしれないが。


記憶に強く刻み込まれている内容なせいか、定期的に私はこの夢を見ている。

出来れば思い出したくない、トラウマの夢。


大事な人を一度失ってしまった、あの事件の光景。


今の主…フィナンに仕える前に居た屋敷での出来事で、私は昔クラフさんという男性の元に従者として仕えていた。


すごく口下手でコミュニケーションが下手な人で、私が初めて顔を合わせた際も目も合わせてくれない程で。


だけど彼の従者として一緒に過ごしていくうちに、心を開かれたのか私の前で稀に笑ってくれるようになって。


少しずつ態度が変わっていく彼に私は次第に惹かれていき、気づけば従者としても異性としても大切な相手として認識するようになっていた。


このままその幸せが続く…そう思っていたのに。


ある日、彼の様子が急変した。


私を見るやいなや無理矢理私の身体を掴み離そうとせず、抵抗する私の首に自分の口で痕をつけてきたりと。


彼にいろんな事をされ、気づいた頃には私は恐怖のあまり身体を痙攣させながら、大パニックになっていた。


そんな私の様子を見た彼はようやく理性が戻ったのか、凄く苦しそうな顔を見せて顔を背けていて。


私自身はそれ以来うまく笑えなくなって彼の顔を見るたびに思い出して苦しくなるようになってしまい、仕えるのさえ辛い毎日で。


彼はそれが嫌だったのか少しした頃、私に従者を辞めるように言ってきたのだ。


悲しかった、彼の力になれなくなることが。


苦しかった、彼に捨てられたことが。


結局、彼の従者を辞めた後、それがトラウマになってしまった私は他の仕事が出来るわけもなく、家に引きこもる状態になってしまった。


家族がいたから暮らせなかった訳ではなかったけど、私は引きこもりながらずっと自分を責め続けて。


あの時、何をすれば正しかったのか。


どう反応すれば彼が笑ってくれたのか。


泣きながら俯いて考え続けて。


それから暫く経った頃、私の家にフィナンが..主がやって来て、私を外へ連れ出してくれて、今に至るという訳だ。


正直三年経った今でも、苦しい。


記憶に刻み込まれて全然取れない。


だからこそ、こんな風に悪夢として見るのだろうし。


忘れる事ができるなら忘れたい、でも大好きだった人を忘れたくない気持ちが強くてずるずると引きずって。


本当に私は、駄目な従者だな。


そう私が自分のベッドに腰掛け俯いていると、部屋の扉が突然ガチャっと開き、主が中に入ってきたのだ。


「スフちゃん、眠れないの?」


「..主、何故こんな時間に起きているのですか..。」


「ちょっと夜風でも浴びようと思って起きたら部屋の明かりがついてるのが見えたから気になっちゃって。それより...スフちゃんすごい汗..顔色も悪いし..大丈夫?」


「平気ですこのくらい..悪い夢を見ただけなので..。」


彼女から目線を反らしそう言うと、彼女は少し不機嫌そうな声色でそれに答えてくる。


「全然平気じゃない顔してるわよスフちゃん、ほら、ぎゅーしてあげる..だから我慢、しないで?」


主はそう言いながら腰掛ける私の前に立つと、私をぎゅっと抱き締め自分の腕の中に私を入れ込むような体勢を作ってきた。


そして背中をとんとんと優しく叩かれながら彼女に言葉をかけられる。


「いいこね、スフちゃん。私がずっと傍にいるわ。だから今は、私のことだけ考えててほしいな。」


「フィナンの..事...っ。フィナ..フィナぁ..ひぐ..。」


彼女の腕の中に包まれ、私は安堵すると同時に高ぶった気持ちが我慢できなくなり、思わず彼女の腕の中で泣きべそをかいてしまった。


そんな私を彼女はただひたすら抱き締め続けてくれる。


私にはもったいないくらいの優しい腕で。


------- ------- ------------------------


暫く彼女にすがり続けた結果、落ち着きを取り戻せたので、私は彼女から離れ姿勢よくベッドに腰掛け直す。


「スフちゃん..落ち着いた?何か飲み物でも飲む?」


「...大丈夫。心配かけてごめん、フィナン。」


「良いのよ。ほら、一緒にもう一度寝ましょう?」


彼女はそう言うと私の腕を掴み、一緒にベッドに寝転がった後、自分と私に軽く布団をかけた。


そして私の身体にすり寄りながら、じっと私の顔を見つめてくる。


「大好きよ、スフちゃん。」


その後そう彼女に言葉を洩らされ、当たり前におでこにされるキスに、私は慣れつつあった。


拒む気持ちが湧かなかった。


彼女が私のことを大好きだと毎日のように言うことに疑問が無いわけではない。


だから今も本当は、彼女に聞きたい。


その『大好き』に含まれる意味を。


でも聞けない、怖い。


この関係が崩れてしまうような気がして。


万が一何か意味があっても、彼女の望む道を私が選べないかもしれないから。


そう思ってるはずなのに、心と身体の動きが何故か合わなくて。


私は自分にすり寄ってくる彼女の身体を少し強引に抱き寄せた後、自分の顔を彼女に近づけ口づけをしてしまった。


彼女は私のその行動に対して、抵抗することもなく、私からの口づけを受け入れている。


「..ん、んっ....スフ..ちゃ..。」


彼女の弱々しい声が、されるがままになっているであろう状態を見て、私はますます自分の行動が止められなくなって。


少しした後、ようやく私はハッと我に返り、彼女に謝罪の言葉をぶつけた。


「..あ、ごめ、フィナ..。もう寝る、から。」


そして彼女にこうしてしまった理由を聞かれたくないという一心で、私は彼女を抱き寄せていた腕を離し、彼女とは反対の方向に身体の向きを変える。


あまりにも気まず過ぎて、彼女の顔を見ることができない。


早く眠りについて誤魔化さないと..。


目を瞑りながら考えていると、彼女が後ろからぎゅっと私に抱きつき私の胸の前まで腕を回した後言葉を溢してくる。


「好き、スフちゃん..大好き。」


「..あんたは、なんで..なんでいつも私を大好きって言うんだ..?」


彼女からの行動で我慢できなくなって、彼女の方を向かないまま私はそう問いかけた。


その問いかけを聞いた彼女は一瞬私を抱き締める力を強めた後、答えを返してきた。


「スフちゃんの事が、幼なじみ以上に大好きだから、かな。」


「それは、どういう..。」


答えの続きを問いかける為に私が身体を動かし寝返ろうとすると、彼女はそうできないように力強く抱き締めた後、まるで独り言のように話し始めてくる。


「ねぇスフちゃん、覚えてるかな。まだ私とスフちゃんが小さかった頃、私が悪い子にいじめられててそれをいつもスフちゃんが助けてくれて、その後必ずちょっと下手な手作りお菓子を私と半分こにして食べさせてくれて..。」


「..なんで唐突にその話になるんだよ。」


「..なんでって、だって私はあの時からスフちゃんの事が大事だから..かな。これでも分からないなんて、やっぱりスフちゃんは鈍感...だね...。」


彼女はそう言いながら微笑むと、私を抱きついたまま、すぐに寝息をたてはじめ眠りについてしまった。


彼女の息が首にかかって少しくすぐったい。


でも、振り向かなくても分かる、彼女の安心しきっているであろう顔。


彼女の身体の温度が直接伝わってくる感じが。


とても落ち着けて、嬉しかったけれど。


同時に今まで抱いていなかった、考えたことが無かったことが無意識に頭の中に浮かんできた。


忘れたかった人の事が、出てくる。


怖くなっている筈の、あの人の事が。


「主..様..。」


そう思わず呟いた言葉が、静かな部屋に永遠に響いてる..そんな気を覚えながら、私も彼女と一緒に眠りについたのであった。

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