二人の大切な日
とある行事のためにバタバタしているスフレの傍に来たのは…?
従者視点。
四月十七日 午後十四時。
今日は屋敷である行事をするため、私は朝から屋敷の中をバタバタと行ったり来たりしていた。
いつもの仕事を午前中に終わらせ、今もお菓子の準備のために台所に籠もり続けている状態で。
これがお客様が沢山来る行事ならまだやる気の一つも出たのだが、内容が少し気恥ずかしい物なせいか、時々手が止まる。
その内容というのが…。
「スフちゃん!お誕生日おめでとうっ!嬉しい?ケーキまだー?」
「もうその言葉今日で4回目だぞクソ主、あとケーキは今焼いてる最中だから残念だがつまみ食いはできない。」
「お祝いぐらいいっぱい言ったって良いでしょう…?あとケーキ遅い~むうぅ…。」
主はそう言いつつ、ケーキの上にデコレーションするための材料を切っている私の傍にしゃがみ込みながら、むすっとした表情を浮かべている。
「祝うというより、ケーキの様子を見に来る口実になりつつあるだろほぼ…。そもそもなんで自分の誕生日会の用意を自分でしてるのか謎だけどな…せめてこういう時くらいは…。」
「じゃあ一緒に作ってもいい?スフちゃんとお菓子作りしたい!だめ?」
「好きにしろ…ほら、さっさと部屋からエプロン持ってこいアホ主。」
「わーい!持ってくるー!」
私の承諾を聞いた彼女は、先程まで浮かべていた表情とはうって変わり嬉しそうな態度を取りながら立ち上がると、かけ足で部屋に向かっていった。
そして主がエプロンを着けて戻ってきたのを確認した私は、主と共にお菓子の用意の続きを始める。
早速私は隣でそわそわとし、キラキラした視線を向けてくる彼女に、ラップで巻いておいた生地を渡した。
「それクッキーの生地だから、ビニール開けたら平べったくして好きに型抜きして良いよ。」
「ほんと!?やるー!」
生地を受け取った彼女は嬉しそうな表情を浮かべながら、楽しそうに型抜きを始めたので私は横で生クリームを作っていく。
ある程度の準備が整った頃、丁度オーブンタイマーが切れる音が聞こえたので、私は手を止めオーブンからケーキの生地を取り出しデコレーションを始めた。
その様子を、横で型抜きを終えケーキと交代でオーブンにクッキーを入れて、暇になった主が食べたそうな顔でじっと私とケーキを見つめてくる、正直作りづらい。
「今日はチョコケーキなのね!早く食べたいわ!クッキーが焼けたらもうお祝いしない…?」
「夕飯はどうするんだよ…まだそっちの用意は出来ていないし…。流石にお菓子だけじゃ私は嫌だぞ…。」
ケーキの飾り付けをしながら、ため息を付くようにそう言葉を吐き捨てると、すぐ彼女に自信満々に返答を返された。
「大丈夫!こういう事もあろうかと、さっきエプロンを取りに行った時に良いシェフのお店に電話して料理を注文したわ!これですぐお祝いができるよスフちゃん!」
「…だったらケーキもその方法で用意して欲しかったけどな…。」
「ケーキはスフちゃんのやつの方が美味しいからやだもん!」
「そんなわけ無いが…プロに頼んだほうが美味いに決まってるだろに…。」
プロのケーキのほうが美味しいという一般的な答えを返した私に対して、彼女は少し不服そうな表情を見せてくる。
自分の料理やお菓子が褒められるのが嫌なわけではないが、そこまで評価を持ち上げられると困る部分もあるなんて、言っても彼女は認めてはくれないだろう。
なにせ、こういう事に関して彼女は頑固すぎて曲がることがないからだ。
そう諦めながら私は作業を進め、すべてのお菓子の用意ができた頃には、外は夕焼けがはっきり見える頃の時刻になっていた。
「…ふぅ、ようやく終わった。くり返し聞くけど本当に夕飯は用意しないで良いんだな…?」
「勿論!だから早くテーブルに並べましょ!私お腹ペコペコなの!」
「はいはい…わかったから飛び跳ねるなクソ主。」
願いが叶った事が嬉しかったのか、彼女は更に一度飛び跳ねた後珍しく自分から食事の用意を進んでこなし始めていく。
そしてあっという間にテーブルの上には、お菓子や注文したものであろう豪華な食事が沢山並べられる。
「こんなに食べれるのか本当に…。」
「あら、ちょっと多かったかしら?でもたまにはこのくらい豪盛でも良いんじゃない?だって今日はスフちゃんと私の大切な日なんだから。」
「…普段もクソ主のせいでまあまあ豪盛だけどな。」
そう会話を交わしつつ、私と主は椅子に腰掛け、食事を始めた。
二人で食事をする…いつも見る光景なはずなのに、今日はとても特別な気分がする。
嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちが入り混じった複雑な感覚。
気づかれたら恐らくからかう材料となるくらいの感情なので、私は彼女にそれがバレないように抑えつつ、食事を続ける。
「ん~!やっぱりスフちゃんのケーキは最高ね!何個でも食べれちゃいそう!」
「ケーキばかりじゃなくて頼んだ食事もちゃんと食べろよフィナン、後口にクリーム付いてるぞ。」
指摘されあたふたと口元に付いたクリームを拭き取る彼女を見つめているうちに、私はつい笑ってしまい、不運な事にそれを彼女に見られてしまった。
わざと彼女から目を反らし、咳払いをし誤魔化していると、彼女が嬉しそうに微笑みながら口を開く。
「スフちゃん、お誕生日おめでとう。」
「…ありがとう、フィナン。」
彼女の方に振り返りお礼を返すと彼女は満足そうな顔をした後、自分の傍から箱を取り出し、それを私に手渡してくる。
「はい!スフちゃんへの誕生日プレゼントよ、受け取って。」
「…良いの?」
「勿論!だって貴女の為に買ってきたんだもの、気にいるといいのだけど…。」
少し不安そうに彼女がそう言うので、私は彼女の前でそのプレゼントの包装を開ける。
中を見ると、水色の宝石が目を引く懐中時計が入っていた。
「綺麗…でもこの時計、高いんじゃ…。」
「プレゼントで値段なんて気にしちゃだめよスフちゃん、私はそれが貴女に似合うかなと思って買ったのよ。この間運悪くスフちゃんがそれを配達の人から受け取っちゃってちょっと焦っちゃったわ。」
「あの時の荷物はこれだったのか…どおりで中身を言わないと思ったら…。」
「言っちゃったら楽しみが無くなっちゃうもの。どう、びっくりした?嬉しい?」
懐中時計を手に持ち驚いている私の顔を、彼女は期待した目で見ながらそう聞いてきた。
答えなんて、聞かなくても分かっているだろうに。
分かってて聞いてくるなんて、意地悪なクソ主だな。
でも伝えるだけで彼女が喜ぶのなら、私は遠慮なくそうしたい。
ちゃんと伝わるか不安だけれど。
「嬉しいさ…ありがとうフィナン。大事に使わせてもらうよ。」
「よかった!気に入ってくれて、えへへ。」
私の言葉を聞き幸せそうに笑う彼女と一緒に私も笑ってしまったが、今だけはそれでも良いと思いながら、懐中時計を握りしめるのであった。