王太子、悪女マリアンヌに裁きを下す
「マリアンヌ・ライトロード!」
広大な庭園で男性の怒りを込めた声が響く。
庭園中央の大花壇をはさみ、複数の男女が対峙していた。
片側は、この王国の王太子フリードとその側近集。一方は、屋敷を背にし椅子に腰掛け、一服くつろいでいる少女と側仕え(メイドさん)。くつろぐ少女はこの屋敷と庭園の持ち主である王国貴族筆頭ライトロード公爵家令嬢兼当主代行マリアンヌ。
陽光で金に輝く髪の皇太子フリードは、普段の線が細く女性的で優しげな様子とうってかわり、顔は怒りで赤く、青い目はマリアンヌを射殺さんばかりに睨む。
「私はここに宣言をする! この私はライトロード公爵令嬢マリアンヌとの婚約破棄をする。貴様がローザ男爵令嬢に行った非道ばかりではなく世を乱す悪行の数々、全くもって許しがたい! 人々の模範とべき貴族、その筆頭である貴様の悪行の数々は畜生にも劣る。恥を知るがよい!」
皇太子の言葉を聞こえないのか、呼ばれた少女はカップを口につけ、ゆっくりと優雅に一口含む。
マリアンヌ・ライドロード。地味な色合いだがフリルのついたドレスで体を覆い、血のように黒く赤い髪を縦ロールにし、帽子についた色の濃いレースによって口元以外が隠れている。
視線をさえぎるよう、ゆっくりと扇子を広げ顔を隠すも、肩は上下している。どうやら笑っているようだ。
「貴様、何を笑っている!! えぇぃ、仮にも婚約者とのことで温情に話を聞こうとも考えていたが、その態度は許せん。おとなしく杯(毒)を煽るか、縛につきその罪をつぐなうがよい!!」
「んっふっふっふっ・・・フリード殿下。いったい何をおっしゃるのでしょうか? 急に罪を問われても、わたくしは何が何だがわかりませんわ」
追求に対し、何がおかしいのか、ついには声が漏れ含み笑いをしだすマリアンヌ。その態度にいよいよもって怒りがわくのか、フリードを指さし言葉を重ねる。
「その含み笑いをやめろマリアンヌ! 貴様が白を切るのでそのおぞましい悪逆の数々を申し渡す。心して聞き、おのが罪に震えるが良い」
特に気にした風もなく、カップを口につけるマリアンヌ。そのさまに、側近集たちに守られていた少女が一人前にでる。ふわふわとしたピンクの髪の少女だ。
「マリアンヌさん、罪を認めてください!」
「そうだともマリアンヌ。君がこれまで学園で、ローザ嬢が学園で受けてきた数々の嫌がらせ、さらに彼女に傷や尊厳を奪わうとした数々の非礼、実行者達、そしてお前の署名付きの指示書等証拠がそろっている!」
ひっしと抱き合う王太子と男爵令嬢をレース越しでもわかるほどに冷めた目線を送るマリアンヌ。
「まぁそれはそれは大変でございましたわね。さて、殿下はわたくしという婚約者がいながらも、貴族とはいえ最下級の娘と仲睦まじくお遊びになられていた、と。さらにわたくしも知らない事や証拠もつけてですが。んっふっふっふっふっ・・・」
形の良い口から出た言葉に、さらに真っ赤になり言葉が続かない王太子に変わり、側近集のうちメガネをかけた宰相家次男が一歩前へ出る。
メガネに手をあてズレをなおし、書類の束を掲げる。
「ライトロード公爵代行。いいや、悪女マリアンヌ! 令嬢達へのいじめでは飽き足らず、父親であるライトロード公爵を幽閉し、薬で前後不覚にし公爵家実権を奪うなど、死に値する悪行!! さらに貴族子息子女を誘拐し国外へと金で売り渡したる人身売買、貧民救済院を隠れ蓑に人々を集め不当に低い賃金で過酷な業種へ斡旋し賄賂を手にする。悪魔のように人の生き血をすする鬼畜の所業の数々、このように我らが手のものによって全ての証拠が集まってきている! それでも言い逃れをするというのか!?」
衝撃的な内容だが、マリアンヌは特に動揺した様子も側使えからカップに一杯注がせ飲み、側近集の一人に顔を向ける。
「まぁヨシュア、私のかわいい義弟よ。貴方はそこにいたの? まさか貴方がこの四つ目猿の言葉に惑わされ、痛風で倒れたお父様や結婚事業、福利厚生を重視した私の事業を悪し様に書いたの?」
童顔で背の低いヨシュアは前へ一歩で、その憎悪に満ちた目で義姉を見る。
「いいえ、お姉様! 貴女が話すことは嘘偽りにまみれている!! 僕はローザと貴女の薄汚い所業を見てきた。言い逃れはできません!」
自分へ指をさして糾弾する義弟に口を歪ませ、貴婦人では考えられない、頭の横で指をくるくる回した後に手を広げる動作をし、こう口を開く。
「ヨシュア、愚かな子。元は頭の良い子で本家へと引き上げたのに、この愚かな者達と肉欲に狂い、かような妄想を抱くとは・・・」
「らちがあかん!」
側近集より体が大きい男が一人前へと出てくる。そのまま大花壇の花を踏み潰しながら、マリアンヌへと向かう。
「まぁまぁ! 何をなさるおつもりで?」
「知れたこと。貴様のような女狐ごときと口を交わすもまどろっこしい!!」
「まぁまぁ・・・野蛮な」
腰掛けていた椅子より、すっくと立ち上がり扇子を閉じて、迫る男へ投げつけた。
目へと当たり、痛みでうずくまる男の事など気にもとめず、マリアンヌは深呼吸をし
「皆のもの、出会えぇい!出会えー!! 狼藉者ぞ!!」っと辺り一帯に響く見事な声を上げた。
「ふん、マリアンヌ。気は確かか? ここにいる側近集だけだと思ったのか、我が近衛も来ておる。貴様如きの反逆恐れるにたらん!」
フリードの言葉が示すように、そこかしこから出てくる男達の中には、服装がより立派な男も混ざっている。
武装して、出てきた男達が50人を超える頃には、白髪は混ざるが眼光鋭い男が出てきた。
「フリード殿下! どうなされましたか!?」
「おぉ隊長。そこのマリアンヌを捕らえるか、斬れ! 罪状は私への反逆だ」
はっはぁっ!っと声を上げ、腰の剣を抜きマリアンヌへと顔を向け、うなづく白髪の近衛隊長。
剣を向ける相手へ顔を向け、ゆっくりとうなずくマリアンヌ。
「この者はフリード殿下にあらず。殿下の名を騙る痴れ者ぞ! 斬れぇい、斬って捨てい!!」
マリアンヌの言葉の意味がわからず固まるフリードと側近集。
公爵家衛兵と・・・近衛隊長はそのまま近くの近衛兵を剣で切った。見れば、他の近衛兵も同僚に剣を向けている。
普段は静かな公爵家庭園は、今や男達の怒声と剣を打ち合う音で響く。
血と肉が飛び交う中、マリアンヌはゆっくりと椅子に腰掛け、一人でカップに茶を注いだ。
「はぁ・・・たかが血を見て倒れるとは我が家に使えるものとして情けない」
横で顔を青くし目を回す側仕えに目を落とし愚痴をこぼす。
「殿下は謀をするには声が大きすぎますわね。」
迫りくる近衛や公爵家衛兵相手に剣を振り回す王太子フリードを見ながら、そうこぼすのであった。
「かくして絶体絶命の罠の中でローザ男爵令嬢、側近集が倒れていくもフリード殿下はただ一人、剣で斬り結び、最後に残った世紀の大悪女マリアンヌへその手で裁きを下したのでございます。我らが偉大なるゲオルグ3世陛下の数ある偉業が一つ「悪女マリアンヌへの裁きを下す」であります」
臣や騎士の集う大食堂中央。リュードを片手に派手な色合い中年が、帽子を胸に当て、最も上等な席へと笑みを向けていた。
輝いていた色も引きくすんだ金髪に、男にしては小さかった顔が萎びて小さくなった・・・王太子フリードだった老齢のゲオルグ3世はゆっくりと手を上下に動かし、音がない拍手を持って詩人をねぎらう。
最上位者である王の拍手の後、臣や騎士達が拍手が続き、酒盛りがはじまった。
王を称え、騎士の勇猛さを褒め、大臣の禿頭を茶化す歌を歌い、場を盛り上げる吟遊詩人に王が読んでいると声がかかる。
食堂から離れた小部屋の一つに案内され、王と詩人のみが残された。
老齢の王は、詩人の歌を改めて褒めた上で褒美の話しをする。
「我らが王の中の王、偉大なるゲオルグ様! 褒美につきましては十二分に頂いております。これ以上をいただきますと、私の身には重すぎます」
「そうか、それは謙虚なことよ。しかし、余の気分は収まらぬ」
小さな口をモゴモゴと動かすゲオルグ3世に、口を出せば怒られるので黙ってまつ詩人。
5分、10分とモゴモゴ動くだけだった口から、やっと音が出た。
「そうだな、物語を語ろう。どうせ迎えも近いから、どうなろうと構わぬ」
「陛下。どのような物語でありましょうか」
未だに美しく青い目をゆっくりと詩人を向け、口を開く。
「なに、マリアンヌのことよ」
「ぐっあぁぁっ無念」
一声あげ倒れる白髪の近衛隊長。
何度も荒く息をつき、ボロボロになった剣が杖とし、倒れそうになる体への支えとする王太子フリード。
見れば、鮮やかに美しかった大花壇も花は血に土は肉と混ざり無残な事になっていた。
血を流し事切れる人々の間に立つのは二人。
迫りくる刃の中で生き残った王太子フリード。
一人腰掛け茶を飲んでいた王国貴族筆頭ライトロード公爵家令嬢兼当主代行マリアンヌ。
ただ一太刀。自分を守り倒れていった側近集。守れなかった愛する男爵令嬢。それら皆の思いをこめ、この悪女を断ち切るため、悲鳴を上げる体を意思でねじ伏せ、一歩また一歩とマリアンヌへと向かう。
「あらあら、殿下はお強かったのですね。これは驚きでしたわ」
近づいてくる王太子への褒めるように言葉をかけ、手をふる。
「一つ、お話をいたしましょうか」
数人の側仕えが現れ、マリアンヌのドレスへ手をかける。
「ライドロード家と王家はもと一つでしたの。建国王が兄、そして弟が我が開祖。貴方方王家の面倒は色々と見てきましたわ。金やら政治、臭いことや貴族の達のとりまとめも。そして王家はそれらの褒美として何を渡されたのでしょう?」
ドレスの下から現れたのは、小さいが形の良い胸を鉄で守った胸甲とチェインメイルの武装姿。
頭に手をかけ、カツラだった髪を帽子毎、剥ぎ取る。
「言葉と作りすぎて余った息子や娘でしたの。血は濃く、本当に濃くなってしまったわ。そうこのように」
陽光で金に輝く髪、深くしっかりと青い目。女性的で線の細い柔らかな顔。王太子フリードとそっくりな顔のマリアンヌがいた。
「王家に代わること。それが我が家の悲願。痛風で動くこともできない父は涙したでしょう。馬鹿が乗り込んできたことに」
側仕えから一振りの剣を差し出される。
「さて、フリード。私と一つお相手をしていただきましょう」
実はね、この正月三が日中の散歩で「某旗本の三男坊がでる時代劇のクライマックスの様に「出会え」を使う悪役令嬢」を夢想いたしましてね
じゃぁ一つ書いてみようと、1/4の夕方から書きなぐったのが本作です。