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あの日、雨が降っていなければ  作者: 貴堂水樹
第一章 一点の黒い染み
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4-3.シリアルキラー

「あの」


 ここでひとつ、賢志郎が質問を挟んだ。


「模倣犯っていう可能性はないんですか?」


 カップから顔を上げた桜介は、「模倣犯?」と繰り返して首を傾げた。


「そう。硲さんのお姉さんを殺したヤツと、あゆを襲った人間が別にいるっていう可能性です」


 なるほど、と桜介は口にしたものの、その表情は渋く、冴えない。


「まったくあり得ないとは言い切れませんが、あまり賢い見解だとは思えませんね」

「どうして?」

「賢志郎くん、そもそも模倣犯というのはなぜ現れるのだと思いますか?」


 えっ、と賢志郎はたじろいだ。そんなこと、これまで考えてもみなかった。


「答えは至って単純です。『その犯罪が成功したから』」

「成功?」

「そう。またひとつ例を挙げますが、たとえば郵便局で強盗事件が起きたとしましょう。犯人は局員を脅して金を奪い逃走、今現在も捕まっていない。郵便局という、全国でその名を知らない人などいないというメジャーな金融機関で起きた事件ですから、当然マスコミ各社はこぞって報道するはずですね。するとどうでしょう、報道を見た一部の金に困った人間に『そうか、郵便局なら強盗に入っても逃げ切れるんだ』『自分の家の近くにも郵便局がある、あそこから金を奪ってやろう』という心理が働きます。なぜなら、先んじて行われた郵便局強盗が成功しているからです。これがもし失敗に終わっていれば、少なくとも郵便局での強盗を真似しようとは誰も思わないでしょう」


 そっか、と賢志郎はうなずいた。『あの宝くじ売り場で一億円を当てた人が出た』という話と似ているなと思った。


「このように、模倣犯というのは過去の成功した犯罪を参考に自らも犯罪に走ります。あるいは別のパターンとして、世間の関心を引くために物語の世界などで描かれる派手な演出の犯罪を真似るなど、愉快犯的な事件の場合もあります」


 賢志郎は今日何度目かの「なるほど」を口にした。桜介の話はいちいちわかりやすくて、高校生の賢志郎にもきちんと理解できる。


「それに対し、もし今回の一連の事件のうち、二件目以降が咲良の事件を模したものだとすると、いくつか矛盾点が指摘できます。咲良の事件からはじまった過去三件の通り魔事件で、共通しているのは被害者が全員セーラー服姿の女子高生であることと、リボンを盗られているということの二点。そのうち後者について……リボンの件ですね。そちらについては報道発表されていません。僕ら警察が報道規制を敷いているからです。つまり、二件目と三件目の犯行が模倣犯によるものだとすれば、犯人は一体どこでリボンについての情報を掴んだのか……この点を追及していく必要があります」


 だよな、と賢志郎は顔を上げた。


「俺も知らなかった……あゆの他にも、刺された時にリボンを盗まれた人がいたなんて」

「そういうことです。現場の遺留品のうち制服のリボンだけが犯人によって持ち去られたという事実を知り得るのは、警察の捜査関係者と一部のマスコミ関係者、それから被害者遺族、もう少し広げてもきみのような被害者の友人・知人程度でしょう。単純な女子高生殺しであれば捜査範囲は広がるばかりですが、ここにリボンという共通項を生み出すことで容疑者はぐっと絞られる可能性が出てきますから、犯人にとってはデメリットでしかありません。なんらかの理由で連続殺人を演出したかったのだとしても、咲良の事件から五年も経ってから事件を起こしていたのでは世間の気を引くのも難しい……咲良の事件は単純な通り魔殺人としか報道されていませんし、リボンの件が伏せられている以上、一般市民は連続殺人を疑う要素を持ち得ない。咲良の事件について覚えているのは、関係者とせいぜい地元住民くらいなものでしょう」


 それについては賢志郎も痛感しているところだった。

 杏由美の事件からまだ三ヶ月しか経っていないというのに、高校の同級生たちはすっかりこれまでどおりの生活を送っている。今でもあの事件に囚われているのは賢志郎と杏由美くらいなものだ。貴義や夕梨だって、具体的に事件の話題が出ない限り、普段は忘れていられるのだろう。


「そういうわけで、今回の一連の事件について、模倣犯による犯行の可能性は極めて低いと思われます。過去三件の事件を連続したものであると見るなら、ほぼ間違いなく単独犯だと考えていい。しかし……」


 言葉尻を濁らせ、桜介は両腕をテーブルの上に重ねて体重を預けた。


「少々腑に落ちない点があるのも確かなんですよねぇ……」


 トン、トン、と右手の人差し指でテーブルを叩き始めた桜介。賢志郎は首を傾げた。


「腑に落ちない点って?」

「いえ、たいしたことではないのですが……」


 やはりはっきりしない態度を取る桜介に、「ちょっと!」と賢志郎は身を乗り出した。


「そこまで言っといて話さないなんてズルいだろ! 気になる!」


 賢志郎が唇を尖らせると、桜介は「そうですね」と苦笑した。


「気になっているのは、犯行地点についてです」

「犯行地点?」

「はい。一連の犯行のうち、咲良の事件と杏由美さんの事件が起きたのは同じ公園だったじゃないですか。いくら十年という期間をあけて、なおかつ五年前に別の場所での犯行を挟んでいたとしても、もう一度まったく同じ場所を選ぶなんてことがあるのかなぁと思いまして」


 確かに、と賢志郎は思った。言われてみればやや不自然さを感じる。


「次の犯行まで五年もの冷却期間を設けているので、慎重に状況を見極めながら計画的に犯行を重ねていくというシリアルキラーの特徴に当てはまると思うのですが、計画性の高さゆえに、同じ場所で二度事件を起こすというのは少し考えにくいんですよね……。基本的に犯人は捕まりたくないと思っていますから、記念品を持ち帰りはするものの、その他の証拠はなるべく残さないよう最大限気を配りますし、アリバイ作りをすることもあります。犯行地点についても同様に、一度事件を起こしたところで再度事件を起こそうという気になるかどうか……ましてや二件目で別の場所を選んで事に及んでいるにもかかわらず、です」

「そうだよな……。この辺は一軒家ばっかりで引っ越してく人のほうが珍しい。うちの母さんもそうだけど、十年前の事件のことはたいていみんな覚えてるみたいだからな」

「ええ。咲良の事件での目撃情報と杏由美さんの事件での目撃情報のすり合わせは当然のように行われていますが、犯人にだって、警察が同一犯を疑う可能性は十分予見できるはずです。自分に疑いの目が向く可能性が上がるだけなのにどうしてなんだろうって、ずっと気になっているんですよね。あの公園になにか強いこだわりがあるのかもと思って、軽犯罪を含めた過去の事件を調べてみたりもしたんですが、あそこで起きたのは咲良の事件と杏由美さんの事件だけのようですし……」


 桜介は再びテーブルの端を指で叩き始めた。考えごとをするときの彼の癖らしい。


 賢志郎も自分なりに思考を巡らせてみる。桜介の言うとおり、犯人とあの公園とはなにか因縁めいたものがあるのだろうか。犯人ははじめから、もう一度あの公園に戻って犯行に及ぶつもりだった? だから硲咲良殺害からおよそ十年が経った今年の六月、たまたま公園の前を通りかかった杏由美を狙った?


 ――たまたま?


 そうだ。犯人が計画的に犯行を重ねているかどうかについては、現時点では単なる憶測に過ぎない。硲咲良殺害事件と三船杏由美刺傷事件が同一犯である可能性は胸のリボンが盗まれたことでほぼ間違いないと仮定できても、犯行地点が重なっている件については偶然の一致ということもあり得る。犯人は慎重に計画を立てて事件を起こしているのではなく、なんらかの要因が引き金となって偶発的に犯行に及んでいるという可能性だって十分考えられるはずだ。それこそ先ほど桜介が例に挙げた、被害妄想に取り憑かれて衝動的に殺人を繰り返すXのように。


「どうかされましたか?」


 難しい顔をしている賢志郎を、桜介がそっと覗き込んだ。


「あ、いえ……もしかしたら、ただの偶然だったのかなーと思って」

「偶然?」

「はい。犯人は三ヶ月前のあの日、本当はあゆを襲うつもりなんてなかった。だけどなにか理由があって、急遽あゆを襲わなきゃならなくなった……とか」

「突発的な犯行だってことですか?」

「そう。突然あゆを殺したい気持ちになった、みたいな」

「いや、ですが……」

「だってさ、考えてみてくださいよ。あゆは普段あの道を通学に利用していないんですよ? いつもは自転車で通ってて、雨の日だけあの道を通って帰るんだ。確かに事件が起きた時は梅雨真っ只中で、俺もあゆもよくあの道を利用してたけど、毎日ってわけじゃない。もし犯人が慎重に、計画的に動いているんだとしたら、天候に左右されるような計画なんてきっと立てない。あの日、犯人は偶然あの場所にいた。そして〝セーラー服姿の女子高生〟っていう条件に当てはまるあゆがたまたま目の前を通りかかったから襲った……そう考えたほうが自然じゃないですか?」


 なるほど、と桜介は何度か首を縦に振った。


「すみません、高校生だと思って少々なめていました。きみは賢い」

「……なんか褒められてる気がしないんだけど」


 褒めていますよ、と桜介は笑った。笑顔がつくりものっぽくて全然信用できないと賢志郎は思った。


「確かにきみの言うとおりです。なにも犯人ははじめから計画性をもって犯行に及んでいるとは限りませんからね。凶器を持ち歩いていた理由だって、誰かを刺すためではなく、自分自身を守るため……いわゆる護身用だと考えれば一応の説明はつきます。その線だとすると、犯人が犯行を決断するための条件がもう少し具体的でなければなりませんね……〝セーラー服姿の女子高生〟ではやはり漠然としすぎています。たったそれだけの条件であれば被害者の数が膨れ上がってしまう」

「被害者の見た目、とか?」

「あり得ますね。当時、咲良の服装は左座名西高校の制服、足もとは紺色のハイソックスに焦げ茶色のローファー。身長一五五センチ、左目の下に泣きぼくろがあります。髪飾りはつけておらず、腰の少し上あたりまで伸ばしたストレートの黒髪を下ろした状態でした」

「あゆは身長一六〇センチ、咲良さんと同じ左座名西の制服に紺のハイソックス、靴は薄ピンクのスニーカー。顔の特徴はあんまりないかも。アイドルみたいに特別可愛くもなければ、絶望的にブスってわけでもない。髪を伸ばすのが苦手で、昔からずっと肩にかからないくらいのボブにしてる。染めてはいないけど、今はパーマでふわっとさせるのがブームらしくて、高校に入ってからはずっとそんな感じ」


 ほう、と桜介はやや表情を変えた。


「髪型が決定的に違いますね」

「だな。お姉さんは長くて、あゆは短い」

「女性の容姿で一番に目につくのは服装と髪型です。その次が顔の印象。アメリカと違って、日本にいる女子高生はたいてい東洋系黄色人種ですから、肌の色は選別対象にならない。咲良と杏由美さんの見た目は同じ制服を着ていても髪型がはっきりと違っていますから、犯人はセーラー服という点以外の容姿で被害者を決定しているのではないようですね。二件目の被害者は瀬鞠川東高校の生徒ですから、左座名西高校の制服に惹かれて犯行に及んでいるというわけでもない」

「じゃあ、リボンの色は?」

「瀬鞠川東はえんじ色です。左座名西は青」

「違うか」


 ええ、と桜介は肩をすくめた。


「どうやら僕らには、まだまだやるべきことがあるようですね」


 桜介の言うとおりだ。犯人に近づくためには、あらゆる可能性を考慮し、間違っているものをひとつずつ消していかなければならない。

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