世界が救われたその後で
空が赤黒く染まっていた。金切り声が響いた。血生臭い金属臭がした。
意識を失う前、最後に知覚した情報だった。
意識を取り戻した時、目の前に幼馴染の同級生が一人倒れていた。
傷だらけの体で、腫らした目で、うつ伏せで、僕に手を伸ばして、倒れていた。
僕は君に言いたいことがあった。
大したことじゃなかった。ただ一言。
「いつもありがとう」
と、言おうとしていた。本当は大好きだよと言えたら、もっと良いのかもしれないけれど、恥ずかしくてそこまでは言えなかった。実際はありがとうの一言ですら言えなかった。
幼い頃からずっと隣にいてくれた。頼んだわけでもないのに、ずっと傍にいてくれた。どこにいっても孤立しやすかった僕の隣には、いつも君がいてくれた。だから、出会ってからは、一人になることはあっても、独りぼっちになったことはなかった。付き合っているわけでもないのに、ずっと手を繋いでくれていた。僕は君の手しか握れないけれど、君は誰の手だって握れたはずだった。どうして、僕と一緒にいるのか不思議だった。一度、直接訊いてみたことがある。
「どうして一緒にいてくれるの?」
「はあ?何言ってるの?一緒にいてくれてるのはそっちでしょ、その質問はむしろあたしからするべきものでしょ勝手に取らないで」
なぜか、キレ気味に返されたことを覚えている。何が堪忍袋の緒を切ってしまったのかは分からなかった。すぐに笑っていたから本気で怒っていたわけではないみたいだった。
誕生日になるといつもお手紙をくれた。決まって便箋2枚丁度、それがお手紙のスタイルみたいだった。内容は、おめでとうから始まって、学校のことや家のこと、以前遊びに行った時のこととか、そんなよくある内容だった。よくある内容だけど、同じものは二つとない唯一無二の手紙だった。
いつかの日、好きなことがないことを相談した。その時は、何で生きてるのと驚愕されてしまったけれど、誕生日の手紙には、
「だめもとでやってみることも大切なことでしょ。動かないと
いつまで経っても何も変わらない。
好きなもの、嫌いなもの、やってみて初めて気付くこともある。
きっと見つかるよ好きなこと、一緒に探してあげるから」
なんて書かれていた。嬉しかった。独りじゃできないことも一緒なら何とかなる気がした。見つかるような気がした。明確な根拠はなかったけれど、一緒ならきっと見つかると思った。
だから、僕は目の前に倒れる君の背中に話しかける。
「まだ、好きなこと見つかってないよ」
空が真っ青に染まっていた。独り言が響いた。君の匂いがした。
夏休み最後の日だった。