銀と黒
目の前の勇者様一行に笑顔が浮かぶ。
良かった。
心は穏やかだ。
師匠との修行のおかげだ。
後…。
「澪。」
「はい、御主人。」
少なからず、隣の男のおかげでもあるのかな。
一人じゃないから。
だから、目の前のトラウマにさえ笑えるの。
嗚呼、私は帰ってきてしまったわ。
この世界に。
腹立たしくて、悲しくて、吐き気さえおこるこの世界に。
瞼を閉じれば思い出される。
私が初めてこの世界に訪れた瞬間を。
あの日、私は学校に向かう途中だった。
いつもと同じ時間、いつもと同じ道。
そう、日常だった。
一つ違ったのは初めてすれ違う女の子だけだった。
その子は転校生だった。
そうその日、その子が居た。
それだけが、違っていたから、私はこんな異世界に連れてこられてしまったのだ。
突如、光り出す世界。
光に包まれ、目を覚ませば先ほどまでいた場所とは全く違う場所に立ってていた。
「おぉ!聖女様の召喚が成功した!!」
「聖女様がきてくれた!!」
わーわーがやがやと周りが煩い。
何が何だか分からない私は唖然と周囲を見ているだけだった。
何故か言葉が分かるけど、ここは日本じゃないことは分かった。
「…おや…なんだ!?黒髪黒目の少女!!!なんでこんな不吉な!!!」
「なんで聖女様と一緒にこんな不吉な少女が!!」
銀色の少女の後ろにいた私を見つけて、周りは口々に言っている。
鋭い視線が私に刺さる。
嗚呼、恐い、恐い恐い!!
「そんな酷いこと言わないで!!」
「…あっ。」
美しい銀色の少女は私を抱きしめて周りを威嚇するように見ている。
銀色綺麗な女の子は私を笑顔で見つめる。
「あなた名前は?」
「私は…澪。尾崎澪。」
「澪ちゃん!私は菫。佐々木菫よ!」
「すみ、れちゃん。」
「大丈夫だよ、私が一緒にいるからね。」
なんて美しく優しい銀色だろうと思った。
こんな人が一緒にいるならばと思った。
えぇ、今となっては分かるわ。
銀は愚かな黒を道具として使うために優しい言葉を掛けたのだ。
自分が幸せになるための道具としてね。
でもあの時の愚かな私はただただ、美しい銀色に依存したのだ。
唯一私の味方となってくれた銀色に。
なんて。
なんて愚かで馬鹿なんでしょうね。
私は銀色、菫に守られ、なんとか衣食住は安定したものを得られた。
菫はこの国で、いやこの世界で聖女と呼ばれていた。
世界を脅かす魔王が復活し、その魔王を封印できるのは聖女様だけで。
聖女は銀色をもつという。
この世界で銀色は菫だけだった。
逆に黒は魔王と同じ色らしく、とても不吉だと言われた。
故に黒髪黒目な私は不吉で周囲から蔑んだ目で見られた。
時には暴言も吐かれていた。
しかしそんなときは菫が庇ってくれた。
だから表だって私に暴言を言ってくる人は少なくなった。
影ではたくさん言われていたが。
元々、菫も黒髪黒目だったらしいが、この世界に来た瞬間銀色に変わったらしい。
菫は聖女なので、世界を救う旅に出ないといけないらしい。
菫はこの国について、またこの世界について学ばなければならないと離れてしまうこともあった。
そんなときには酷い扱いを受けた。
暴力も受けた。
特に酷かったのは、菫と一緒に旅をするという人たちだった。
美しい男たちで、この国の王子や魔術師、騎士に宰相と重要人物ばかり。
どうやら彼らは私が黒なことだけじゃなく、菫、聖女様に大事にされていることが特に気にくわないらしい。
どうやら彼らは菫を聖女としてだけじゃなく、一人の女性としても愛してるらしかった。
まぁ、菫は優しいし、綺麗だし。
その当初の私は菫を盲目的に信頼してたから、納得もしていた。
でも、私から菫から離れることもできなかった。
だって私には菫しかいないから。
菫が勉強を終え、旅に出るとなったとき菫は私に付いてきて欲しいと言ってくれて。
私にそばに居て欲しいと、心の支えになって欲しいと。
願ってくれた。
その時はとても嬉しかった。
私には菫しかいないから。
いつも菫に助けられてばかりだった。
なのに菫が頼ってくれるなんて。
支えになれるなんて。
「ねぇ、澪。一緒に来てくれる?」
「もちろん!!私は菫の親友だもの!!」
「ありがとう。澪。」
私は菫のためにがんばるよ。
私の心の支えは菫だけだった。
何も分からない異世界で。
なんとか言葉だけ分かる世界で。
そう思っていた。
あの日までは。