第98話
「はあ…。」
雷太は決まってこの日、この時間帯に自室の扉の前でため息を吐くようになった。
そうして和気あいあいと話し声は聞こえ、これが夢だったら良いのに、と現実逃避さえ考える程、彼には非常に面倒臭い出来事が扉の向こうで今か今かと待ち構えている。
もう解錠しなくとも開いている扉に、まだ桃だけが出入りしていた頃が懐かしく思う位、ドアノブは重く回りづらく、いかに彼が室内に入りたくないかが窺えた。
ゆっくりと扉を開き、どうか少ない人数でありますようにと心で祈りつつ、隙間から土間を確認すると、その靴の量と漏れる女の子の匂いに彼は再びため息を吐き、肩を落とす。
「「「「おかえりー。」」」」
土曜日のバイト明けに恒例となったプチパーティーは一体誰の案なのか、始めは桃が一人で彼をもてなしていたが、気付けば二人、三人と増えていった。
既に出来上がっている彼女たちは決してアルコールを飲んだからテンションが高いのではなく、各々が雷太の私物を肴にジュースを飲んでいるだけで酩酊気分となっている不可思議さ。
始めの内はまだ良かった。
寧ろ賑やかで楽しかったな、と洗面所で顔を洗いながら思い返す。
桃だけの時はホントに食事と会話を楽しむ感じで何も邪なモノが無く楽しかったのだが、一人増え、二人増えと徐々に人数が多くなっていくにつれて、桃の嫉妬や独占欲に火が点いてしまった。
その結果が意地の張り合い、無茶振りと言った雷太の貞操や女性観を歪めてしまう事となり、彼はおちおち寝られもせず、況してや入浴などもっての他。
だから、この日だけは洗顔や体を拭う位に収め私服にも着替えずに朝を迎えるしかなかった。
「じゃあ、何時ものゲーム……しよっか?」
李は片隅に置いてあるトランプを片手に、もう片方には上部に大きく穴の空いた箱を持ち、待ち望んでいたかの如く嬉々として提案した。
その言葉を皮切りに今まで談笑していた筈がピタリと止まり、皆が真剣な面持ちで姿勢を直す。
「じゃあ、みんな、例の如く紙を箱に入れてってねー。」
李が箱をテーブルの中央に置くや、それぞれが小さく四折りにされた紙を投入していく。
こうも緊張感が漂うゲーム、それは逆ババ抜きであった。
元々は皆が張り合い過激化していくスキンシップを抑制する為、ババ抜きをして決めていたのだが、人数が増えた事により各々が彼にしたい事を紙に書き始め、今に至る。
ただ、普通と違うのは最後までジョーカーを持っていた人が勝ちである事で。
更に過激過ぎるのは却下出来るよう、ルールを変更し未だに彼の貞操は守られている。
一人最大十枚の紙を箱に入れていき、勝った人がその箱から一枚を取り出す。
「李ちゃん…また、変なの入れて…ないよね?」
相当警戒しているのか美夜はゲームが始まる前に李に確認を取った。
「さあ、どうでしょう?」
トランプをシャッフルしながら、李は不敵に笑った。
そう。
勝ったからと言って、雷太との思い出を作れるかはこの箱の中の紙に懸かっている。
要望ばかりではなく、明らかに却下される事をわざと折り込ませるのが李のプラン。
無難にソフトなボディタッチで少しずつ欲望を満たしいくのが美夜の手口。
前回の結果を踏まえ、ギリギリを攻めるのが桃のやり口。
そして、憎まれている事を前提に凝視する指示ばかりな水華。
四人の思惑が渦巻く中で、雷太はほとほと疲れ果ててしまうのだが、決して眠らない。
「じゃあ、始めてこっか?」
いや、眠れない。
寝てしまえば、権利を放棄したと見なされてしまうから。




