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第84話

根気よく、彼女の熱意を少しずつ紐解きながら落ち着かせる事、早五分。


美夜の顔は茹で蛸の如く真っ赤に染まり、両手で顔を隠した所で耳も手も赤くなっているのだから相当、先の行動が恥ずかしかった事が窺える。


「美夜さん。気にしてないから大丈夫ですよ。」


「雷太君は大丈夫でも私は大丈夫じゃないの!」


彼女に気遣い言葉にしたものの、彼女は瞳を潤ませながら悲痛の叫びを彼に浴びせた。


「大声出してごめんね。雷太君に悪気は無いのは分かってるんだけど、どうしても浅はかな自分が許せなくて…。」


彼の少し悲しげな顔を見た途端に後悔で再び混乱していた頭は冷め、汐らしく顔色も落ち着きを取り戻し始めた。


「私、やっぱりダメみたい。」


自嘲気味に呟いた言葉に雷太は何も言わず、ただ微笑み美夜を見つめた。


「高校生になれば少しは頼れる先輩になって雷太君を驚かせられたらなぁ、なんて淡い期待を胸に生活しても、根本は変わんないだね。中学生の頃はずっと雷太君を独占出来た、その傲慢さが私に根付いちゃったみたい。だから……だから、ワケわかんない所で感情的になっちゃったり、卑屈になっちゃったり……ダメな先輩だよね。」


結局の所、美夜は中学生の頃から何一つ変われなかった。


そう伝えたかったのだろう。


あの頃の思い出が強烈で鮮明だからこそ、美夜の思い通りに行かない現況に苛立ちを覚え、そして臆病であるが故に正面から立ち向かえない、自身の卑怯さが許せなかった。


「美夜さん。僕は大丈夫ですから気にしないで下さい。」


雷太は何度も同じ事を言ってきた。


彼女は誰かに合わせて生活せざるを得ない状況にあったせいで、何時も周囲の雰囲気や空気感を気にしていた。


だからこそ、彼女の行動が如何に身勝手だったかを痛感してしまうと、そこからは閉じた貝殻の様に頑なに自己嫌悪に陥ってしまう。


「大丈夫じゃなかったら、何か起きてる筈ですよ?……ほら、何も起きて無いんですから、気にしないで下さい。」


それを彼はしつこい程、迷惑を掛けていないと否定を繰り返した。


気付けば、窓から眩しい程、光が射している。


雨や雷の音は消え、風だけは残った。


「ほら、美夜さん。太陽も心配しないでって顔を出してますよ。」


これに似た場面は過去にも幾度かあり、その時は朝美があやしており、雷太もそれを目撃していたお陰でパニックに陥る事は無かったがこうも彼女が頑としているのには驚きを覚えた 。


「……やっぱり、見に行った方が良いよね。」


好きが募りすぎたが故に性急な結果を求めがむしゃらに突き進んでしまう美夜の性質を抑えようとした彼の企てに、気付けたのはやはり、暴走した後だった。


「でも…。」


「いいから。行って。」


雷太が言葉を紡ごうとするのを遮ってまで美夜は今の恥ずかしい自分を見て欲しくなかった。


もう、中学の頃の関係では無いのだ。


いつ嫌われて、離れていくかど分からない。


そうして不安が常に隣り合わせで不敵な笑みを浮かべ、彼女を唆す。


『早くしないと雷太を取られちゃうよ』と。


「あの…。」


「私の事は気にしなくて良いから。」


「いや…。」


「早く確認してきなよ。」


それでも彼は何か言おうとして、その度に彼女は促す。


嫌われるかも、うんざりされるかも、そんな恐怖が美夜を支配しているから。


「桃たちってどっちに行きました?」


美夜は恥の上塗りで更に顔を真っ赤に染め上げた。

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