第76話
未だ降りやまぬ雨、室内はじめじめとして妙な生暖かさが不快指数を更に高めるが、それとは無関係に桃の機嫌は一層悪く、誰彼構わず雷太に近寄ろうとする者に牙を剥き威嚇する。
漸く全員が揃ったと言うのにこの気まずい雰囲気の中では誰一人、第一声を放とうとはせず、探り合う様に視線をさ迷わせていた。
高校は急遽午前中のみの授業となり、それも自習や復習であり、皆はそれよりも帰り足をどうするか、そればかりが頭を過っていた。
「じゃ、じゃあ、小腹も満たした事だし俺から見せるよ。」
今は昼食時、流は誰よりも早くお弁当を食べ終え、このどんよりとした空気を入れ換えるべく志願する。
「俺は見せたら、直ぐ帰るぞ?電車の時間は読めないし、直接的には関係ないから結果は明日にでも教えてもらえば問題ないし。」
そんな雷太の深読みした考えをぶち壊す様に流は早く帰りたくて仕方が無かったのだ。
そして鞄から取り出されたアルバムは安易な作りである為に所々、雨に濡れふやけていた。
「やっぱ、ビニール袋に入れてくりゃ良かったかな…。」
そんなぼやきを入れながら、机の上に置かれたそれを最も興味深く見つめていたのは桃だった。
あんなに敵意を周囲に振りまいていたのに、アルバムが出た途端に大人しくなり食いぎみに見つめ、流よりも先に表紙を捲る。
「わーっ。みんな可愛いーー!」
最初のページには入園式の集合写真だろうか、幼い彼らと共に親や園長先生らが写っていた。
流の母親の真面目な一面を窺える、時系列毎に並べられ、きちんと日付と出来事を書き添えてあり、彼と共に写る雷太との写真が多く、桃にとってお宝の山である事に間違いない。
「ほらほら、やっぱりらい君だよ!間違いないよ!」
嬉々として桃は写真に写る雷太を指差し、鼻息荒く自身の記憶力の確かさを彼に説いた。
「……駄目だ、全然思い出せない。」
確かに写っている筈なのに、何故か思い出せず雷太は首を捻るばかり。
「まあ、あの頃から雷太は気難しい顔してたからなー。ませてたって言うの?他の子達とは違うくてさ、芯が通ってたって言うか、頑固って言うか。まあ、それが面白くて一緒に遊んでたんだけどさ。」
「確かに。ライはあの頃から弱い者いじめとか嫌ってたし、誰彼構わず一人ぼっちの子とかと遊んでたからねー。」
昔を懐かしみながら流と李はあの頃の雷太について話す為、彼は少しばかり恥ずかしさが込み上げ、一旦話を区切ろうとするのだが、桃も興奮気味に話に混ざり始めた。
「そうなんだよね~。私、いっつもらい君と遊んで貰っててすっごく嬉しかったんだよ~。」
「恥ずかしいから、そういうのは僕が居ない時に盛り上がってくれるかな?」
「え~?何で~?らい君にちゃんと私の想いを聞いて欲しいのに。」
その中で一人だけ会話に混ざれず、かと言って積極的にアルバムも見れずにおどおどする美夜の姿が雷太の目に止まった。
朝はあんなに勢いが良かったのが嘘の様に普段通りの彼女へと戻り、雷太の小さい時の写真を見たいのにこの証明会に参加する資格が無い為、羨望の眼差しで桃や李を見つめていた。
「く、美夜先輩ももっと寄って見ていいですよ。」
「え?いや、その、わたしは、ここで、大丈夫だから、気にしないで、ね?」
美夜が近付こうとする度に桃は威嚇し、一定の距離から動けず、余程朝の出来事が癪に触ったのか、何も言わずただ睨みつける彼女の対応に雷太は何も言えなかった。