第75話
人はこれを運命と言うのか、それとも偶然と捉えるのか、雷太が学校へ辿り着くまでの道のりで大小様々な不幸が続いたのだ。
靴紐が切れ、傘は壊れ、車に雨水を掛けられ、歩行者を避けながら歩いてるのに何故かぶつかり、目の前で人身事故や交通事故、兎に角彼の周りで悪い事が相次ぎ、この先の結末を暗示している様な気がしてならなかった。
ようやく辿り着くも、色んな交通機関が麻痺を起こし、未だに半数に満たないクラスメートしか登校してない状態なのだが、皆は凶報よりもこの雨足の強さや運休する電車に急遽休みになるのではなどと、淡い期待を語りあっている。
李や流からも電車の運休に因って遅れる由のメールは届き、愈々もって集まる事自体難しくなっていく中で桃だけは嬉しそうに彼に寄り添うように、ピタリと席をくっ付け、体を密着させていた。
「らい君、邪魔者は居ないね。」
盛大に濡れた二人は既に体操着に着替え、桃は慈しみながら彼の髪の毛をタオルで拭き、吹っ切れたのか露骨で大胆なアプローチをしてみせる。
「邪魔者って…友達だろ?」
「違うよ。これはきっと神様がそんな面倒臭い事やってないで、さっさとやる事やって結婚しなさいって、采配したんだよ?でなきゃ、私達だって立ち往生してる筈だよ?」
雷太は体を寄せる桃のその柔らかさに少しばかり違和感を感じた。
それはなんと言うか、何時も感じる、衝動を奮い起たせようと虎視眈々に狙う柔らかさではなく、ライオンに狙われたガゼルの子供の様な、生命の危機さえ感じる柔らかさに雷太の動きはピタリと止まる。
窓の外は大雨と強風が窓を叩き、明かりを点けているのに薄暗い教室、疎らな生徒は風切り音に負けじと談笑をして、誰もが桃の異変になど気付く者はいない。
いや、触れなきゃ分からない程微細なのだが、雷太は彼女の余りの大胆さには声を失い、無言で引き離そうとした。
が、桃はそんな彼の行動がいかにしてそうさせたのかを察知し、淫らな笑みをして腕を絡ませ、より一層体を密着させる。
「…雷太君、おはよう。良い天気だね。」
聞き覚えのある声であるのに、冷たい調子の声色に雷太の緊張はそっちへと向き、彼のせいではないのに何故か後ろめたい気持ちで声のする方へと振り返る。
そこには足元に水溜まりを作り、顔に張り付く程に濡れた髪の毛、袖からも水滴は落ち、タオルで拭く時間すら取らずにここへと向かったのだと分かってしまう美夜の姿があった。
何時もの弱気に視線をさ迷わす事はせず、彼の浮気を目撃したかの如く冷めた目で雷太を一心に見つめている。
「く、栗林先輩…お、おはようございます。」
前髪の隙間から覗く瞳は一瞬、桃の方へと動き、彼女を嘲り、煽る様な笑みをし、静かに雷太の耳元へと近付き、囁く。
「そんな他人行儀じゃなくて良いんだよ。何時もみたいに美夜ちゃんで良いよ。…だって…キスした仲じゃん。」
小声で呟かれた筈なのにある部分だけはハッキリと力強く言うものだから、桃はすかさず立ち上がり、勝ち誇った顔をし余裕な気持ちで彼に接する美夜を睨んだ
普段の美夜であれば、桃が近くにいるだけで怯むのに今の彼女はどこか浮わつき、現実離れした面持ちで桃と対峙する。
「あれ?もしかして、聞こえた?」
「ええ、ハッキリと。耳障りな位。」
桃の両手は怒りで震える程まで握りしめ、怨嗟のこもる両目はしっかりと美夜を見据え、歯を剥き出しにしてまで食い縛る。
「いや~~。やあっと着いたぜ。もうビショビショで気持ちわり。おっす雷太……って何この状況?」
久し振りの助け船をもたらす、この人物。
名前は流と言う。
彼の調子の抜けた喋りと緊張感をぶち壊す、良いタイミングで会話に参加したお陰で雷太の胃は痛くならずに済んだようだ。




