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第74話

電車や車の行き交う音、そしてカーテンを閉め忘れた窓から射す太陽光が雷太の重たい瞼を開かそうと躍起に輝き、けたたましく騒ぎ立てる。


「ん~…。」


体のあちこちが硬く、軋みを上げてぎこちなく顔を擦れば、頬の辺りに幾つもの轍が出来ており、不思議そうに何度も掌を往復させた。


徐々に意識が冴えていく中で、布団の包み込む様な柔らかさを体が感じない事、そしてザラザラとした表面が顔の直ぐ近くにあり、寝ぼけながらも畳の上で寝てしまったのだなと理解した。


美夜の粘着とした豹変ぶりに恐怖を覚え、何も言わず逃げ自室まで帰って来たは良いものの、もしかしたら彼女は追い掛けてくるのではないかと怖さで体を縮みこませ、必死に目を瞑り、来ないようにと願いを込めてる間に寝てしまったのだ。


「ああ~、体痛い。」


畳に片手をつき、凝った体を何とか起こし眉間に皺を寄せる程、眩しい光りにまたも彼は顔を擦り、微睡んだ瞳や怠い体に大きな欠伸で以て、この怠けたい気持ちに一区切りつけるべく合図を送った。


「うおっ!」


そうしてようやく開かれた両目に映り込んだのは寒そうに体を丸める桃の姿であり、未だ彼女の奇行になれない雷太は短い悲鳴を上げ、眠気などは一気に吹き飛んだ。


それだけなら良かったのだが、一糸纏わぬ姿に見える様な絶妙さ加減に脱いだ衣服が掛け布団代わりに彼女の大事な部分を隠しているのだから、脂汗が背中を気持ち悪い位に湿らせた。


胸に手を当てずとも聞こえる鼓動と最悪の事態を想定した上で、彼女が何かしでかしたのではないかと不安になり、雷太は体のあちこちを触り、洗面所の鏡で痕跡が無いか急いで確認しに行く。


「……良かった。何もない。」


開きっぱなしの浴室の扉の隙間から、桃を一瞥するや耳元であれだけ五月蝿くしたにも関わらず、未だ可愛く寝息を立てていた。


そんな彼女に雷太は珍しさを感じた。


自分の運命が決まるこの大事な日こそ、それこそ朝早くから起き、彼の部屋で朝食の準備を整え、万全の態勢で臨むものとばかり考えていたからだ。


それとも眠れない夜であったか。


兎に角、情緒不安定な彼女でも眠っている時だけは普通の可愛い女の子なのにな、と言葉には出さず胸の内に納めた。


この短くも濃縮された一週間は良くも悪くも楽しい経験だったな、と雷太はふと彼女に近寄り、その輝く髪を撫でながら物寂しさを感じた。


桃の熱烈なアプローチには辟易するが、この流れる様な触り心地だけはうんざりしなかった。


ちゃんと手入れを施してる証拠を感じ、撫でる手の隙間から彼女の香りが心地好く鼻腔を擽り、静かな一時が雷太の疲弊した気持ちを癒していく。


「…じゃないや。早く色々準備しないと。」


ゆっくりと時の流れを感じていたが、ハッと街の喧騒により雷太は現実へと引き戻され、諸々の準備を始めた。


桃はゆっくりと目を開き、その後ろ姿を物欲しげに見つめ、彼が撫でた部分をなぞるように自身の手で撫で下ろす。


「これで最後なのかな?」


雷太が朝食の準備をしている最中、彼女は弱気な独り言を吐いた。


桃の気持ちを写し出すかの様に天気は崩れていく。


「うわー。さっきまで晴れてたのに。」


遠くから雷の音が聞こえる。


風が窓を叩き、室内は徐々に暗くなっていく。


今すぐにでも起き上がって、雷太を抱き締めたい衝動が喉元まで迫っていたが、体は言う事を聞かなかった。

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