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第73話

「雷太君。お待たせ~……あれ?雷太君?」


意気揚々と舞い戻る美夜の両手には、如何わしい目的の下に集わされたお菓子や料理、そして先程は雷太が用意した為に別々のグラスであったのが、少し大きめのグラス一つと吸い口が二つに別れているストローが危なげにお盆を占領していた。


「もしかして、かくれんぼしたいのかな~?」


室内に雷太の姿が見えない事に美夜は彼の悪戯と推測し、煽る様な口調で辺りを見ながら、テーブルにお盆を置いた。


まさか彼が逃げ出していたとは考えず、美夜は一人彼の悪ふざけを楽しみながら、一つずつ隠れられるであろう家具や隙間をしらみ潰しに探していく。


「雷太く~ん。……。……雷太君?」


あらかた探し終えるとあんなに火照り上気した体は冷めていき、思考もまた普段の彼女へと戻っていくや、別の意味で頬は真っ赤の染まり、堪らずソファーに飛び込み、悶えながら転がり回る。


「ああ~~~。何やってるんだ!私はーー。」


今頃、自身が舞い上がっていたとは言え攻め過ぎた行為に恥ずかしさが美夜をじたばたとさせ、何度も唸り声を上げ、庇いきれない後悔が押し寄せてもきた。


「何が『気持ちいい』だよ~。私の馬鹿。雷太君に嫌われちゃうよ~。」


そうしてソファーに顔を埋め、声にならない叫びを出した後に残ったものは言い様のない不安と嫌われたかもしれない悲壮感だった。


「ずっと我慢してたのに、これじゃ桃、ちゃんと変わりないじゃん。いくら怖かったとは言え、気持ちが不安定過ぎるぞ、美夜。深呼吸、深呼吸。」


自分を落ち着かせる為に息を整えれば、ふと雷太との口付けを思い出し再び美夜はソファーを転げ回り、身悶えしながらも、あの満たされた心の余韻が恋しくなる。


「…雷太君のファーストキス……へへ。」


そう。


悪い事ばかりではなく良い点についても美夜は考え、少しでも落ち込んだ気持ちを鼓舞すべく、ソファーにまだ残っている彼の香りを楽しみながら羅列していく。


「ファーストキス。自分に素直になれた事。雷太君が私を女の子として見てくれてる事。まだあの時の感覚が残っている事。雷太君に抱き付けた事。」


項目が増えるにつれて、今にも泣きそうであった瞳には情欲の炎が宿り、惜しみながら自分の唇をなぞっていく。


「雷太君も気持ち良かったのかな?」


ソファーに寝そべり、空中を見つめる美夜の瞳は艶やかに濡れ光る。


「付き合えれば毎日…出来るんだよね?」


良からぬ妄想を抱く彼女の唇は三日月へと歪み、興奮が体を芯から熱くさせた。


「……へへ。」


一向に唇を弄るのを止めず、頭の中で繰り広げられる欲望のまま突き進む妄想に堪らず笑みを溢す。


いつの間にか、恥ずかしさで悶えていた事など忘れ、夢中で仮の話を創作し、物語を繋ぎ合わせていく。


彼との長い付き合いのお陰で細部まで作り込まれた物語は徐々に美夜の思い出を侵食し現実味があるせいで混同してしまっている事に彼女はまだ気付けないでいた。

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