第70話
美夜と雷太が軽食喫茶へと向かう姿をデザート片手に見送っていると、桃が苛立ちながら李の元へと近付き、大袈裟にテーブルを叩いた。
あまりの音に周囲の客は訝しげにこちらを見つめ、店員も迷惑そうに視線を向ける。
しかし、肝心の李は大して驚いた様子もなく平然とパフェを食べつつ、何事も無かったかのように桃を見上げていた。
「ちょっと!何で来ないでデザートなんか食べてんのよ!?」
苛立ちと興奮とで息の上がっている桃はそう尋ねた後に、李が用意していた飲み物を取り、一気に飲み干した。
「何でって…ウチらは邪魔しに来たんじゃなくて、あくまで観察のみでしょ?そりゃ、ヤバい感じになったら止めに入ろうとは思うけど、そんなんじゃ無かったじゃん。」
柄の長いスプーンを言葉に合わせ、空中で舞わせ、おどけて答えた様に見えたのだろう。
桃は余計に腹立たしさを覚え、李の持っていたスプーンを奪い取り、目尻をピクピクと痙攣させ文句を垂れ流す。
「あんたが来ないから後手後手に回っちゃったじゃないの。やっぱり、栗林先輩のお姉さんが裏に居たのに何も出来ずに取り逃がしたんだからね。」
奪い取ったスプーンを指揮棒の如く振り回す桃は怒り心頭らしくクドクドと李を責め立てているが、彼女は呆けた顔つきで見上げ、いまいち耳に残らない内容なのか、反省や後悔を抱けずにいた。
一頻り話し終えた後に桃は飲み物を注文し、ようやく隣の席へと座るや李がどう考えているかを見定める為に睨み付ける。
「今更、ミヤセン姉を捕まえた所で意味はない気はするんだけど。」
「どういう事?」
いまいち要領を掴めないのか、指でテーブルをトントンと叩き苛立ちながら、桃は語気を強めにして訪ねた。
「計画は実行に移す前に止めないとダメなんじゃないのかなって思っただけ。況してやミヤセン姉はウチらが中学生の頃から、あの手この手でライとくっつけようとしてた人だから、桃っちが来る事も計算に入れてたかもしれないしね。」
ここで一息入れる為、桃からスプーンを取り返し再びパフェを頬張った。
「だとすると、桃っちが邪魔しに行くのは却ってライに嫌われる要因を作ってしまう危険性も帯びてくる訳ね。でも、もしそれで証拠を掴んだからと言ってライやミヤセンに報告した所でミヤセン姉がミヤセンの為にした事なんだ、とか言って下手な芝居劇と姉妹愛を見させられて有耶無耶にされちゃうよ?」
「何で、そんな大事な事を先に言わないのよ!?」
李の説明を受け、途方に暮れた呻き声を上げ頭を抱え、独り言をぶつぶつと喋り、結論が浮かばないのか頻りに首を横に振り、考え悩んでいた。
「桃っちはこれ以上深入りはしない方が良いよ。」
出口の見えない思考に囚われる桃に李は冷たく終止符を打った。
「……何で?」
彼女の言葉を受けた桃はピタリと動きを止め、酷く淀んだ黒目を携え、李を睨み付ける。
そこには李への苛立ちや怒りではなく雷太への愛情を真っ向から全否定された不愉快さであり、桃の存在意義を失う危機感が彼女への敵対心を強めた結果、心のどす黒い部分が出てしまったのだ。
「だって、明日分かるんでしょ?なら、今の状態を保ったままである程度の覚悟をしといた方が良くない?仮の話でどんどん事を進めていっちゃうと後戻り出来ないよ?」
「だから?私が一目見てらい君だって分かった。それだけあれば十分でしょ?」
李が一番恐れる事。
それは桃の想いがいよいよ爆発してしまい雷太に何かしらの危害が加わる事である。
ただ、桃に限らず美夜にもその節がある故に警戒を怠らないのは勿論の事で、両者共彼に深く強く依存しているせいか、独占欲が人一倍あり、不安感もまたそうである。
「違うかったら、どうするのよさ?」
彼の行動一つで一喜一憂するのは感受性が豊かとも捉えられるがそれ程、彼の気持ちが自身に向いていないと不安である恐怖とも捉えられる。
「……違わないよ。」
特に桃に至っては幼少期の朧気な記憶と約束を手掛かりに数年間の空白を経ての再開である為にボロも出やすく、確実性がない為、真実味に欠けていた。
「違った時、一体誰にどれ程の迷惑を掛けてきたのか考えてみた?」
だから桃にとって雷太はらい君でなくてはならないのだ。




