第68話
「やっぱり、そう言う事ですか。」
ウキウキと扮装を完成させていく朝美を隠す様に影は伸び、そこから出された声色は予感が的中した事を喜ぶべきか憂いに浸るべきか分からない中低音を響かせた。
しかし、朝美は臆しもせず悠然と彼女へと向かい歩いていく。
「それはどういう意味かな?」
頭一つ分程の身長差の中で朝美は見下ろすように彼女を見据え、見当違いしているであろうその推理を嘲笑い、怒りに燃えた瞳を鼻で笑った。
「またらい君を誑かす為に愚策を遂行してるみたいですけど、無駄なんで止めて貰っていいですか?」
例え、如何なる差があろうとも雷太が関わっていれば、お構い無しな桃は朝美のその達観した様な物言いに対抗し高圧的に釘を刺す。
朝美はやはりと大袈裟に笑みを見せ、呆れ具合に首を振り、その煮詰まりすぎた考えに反論を始めた。
「桃…ちゃんだっけ?君は何か勘違いしてるんじゃないのかな?」
「そんな事ないですよ。らい君を困惑させたり、魅了したり…兎に角、私から視線を反らす行為をさせるモノは全て、それに準じてるので間違いはありません。」
「そんな堅苦しく言わないで雷太君に手を出さないでって言えば済むと思うけど、まあ…それは置いておくとして、わたしは美夜ちゃんの為にしているのであって、影響を与えるのは寧ろ美夜ちゃんの方じゃないかな?」
「そんなのは関係ありません。結果が全てですから。」
「結果が大事ならわたしに構ってる暇があるなら少しでも雷太君に費やす時間を増やしてアピールした方がよっぽど健全として効率的じゃないかな?そうやって芽を摘もうとするのは如何に自分が不利な立場にあるか分かった上でしてると考えても良いのかな?」
「私の立ち位置が不利だなんて一言も思った事はないですし、間引きは大昔からしてる事じゃないですか?何を今更な事を言ってるんですか?」
「君は雷太君じゃないぞ。間引くとしてもその権利は雷太君にあるのであって、君は違うぞ。だから、何か勘違いしてるんじゃないのかって聞いたんだ。君は雷太君に好かれたいが為に動き過ぎて歯止めが効かないんだろ?…いや、違うな。君は愛とか恋に駆られてるんじゃなくて、予定調和に踊らされてるだけなんだな。」
「ここまで婉曲されると甚だ不愉快でしかないですね。私はらい君が迷わないでいられる為にしてるんですよ。たかだか二、三年の想いが何ですか?私はそれ以上の想いを持ってるんですよ。だからこそ、らい君には苦渋の選択の結果、後悔に苛まれる事がない為にも、らい君が出来ない事を私が責任を持ってやってるんですから。」
「想った年数なんて関係ないだろ。愛は重さや価値や年数で推し量れるモノじゃないんだ。君こそ、十数年想い続ける忍耐があるのなら、少しの我慢なんて大した事ないだろ?それに雷太君に負担をかけているのは間違いなく君にあるという認識はあるのかな?」
「重荷を背負わせているのは寧ろ栗林先輩の方じゃないですか。どういう経緯でかまでは聞いてませんがらい君の優しさに甘えた結果がこういう事態を招いているんですよ。」
「…君は雷太君と結婚する為なら、雷太君を傷付けて良いと思ってるのか?あくまで雷太君は善意の下、自ら請け負ってくれたんだぞ。それさえも否定するのなら、君は一体、雷太君の何に惚れたんだ?外見だけであれば雷太君以上はざらにいるぞ。」
「私はあらゆる感情でらい君を愛してるんです。だから、嫌いな部分だって、憎い部分だって、私にとっては愛なんですよ。」
「はあ?」
「ですから、私の全てをらい君で染めたいんです。そして、らい君も私で染めたいんです。らい君に憎まれようとも嫌われようとも蔑まされようとも、心は痛みますけどきちんと意識は私に向いてるじゃないですか~。それって、私をちゃんと見ているって事ですし、駄目な部分も見えて、はっきりと言ってくれる信頼関係があるとも言えますよね?」
「君は狂ってるよ。盲信的じゃなく狂信的な愛だよ、ぞれは。」
「それでも構わないですよ。らい君を愛せるなら。」




