第67話
「あんな感じで良いっすかね?」
死角に入る様に小道や裏路地を通り、イヤホンを片耳に付けた女性に二人の男たちは尋ねる。
暫し考えているのか一唸りした後、不機嫌そうに顔をしかめ苛立った声色で不満をぶちまけた。
「何、マジに口説いてんだよ?あんなチャラチャラした感じで喋ってたら美夜ちゃんは怖がっちゃうだろ?雷太君が丁度良く居たから良かったけど、あそこまで怖がらせると逆に萎縮して従っちゃうじゃん。」
朝美は右側の男の頭を小突き、もう一方の男には気だるげに指差し、更に不満は続く。
「言ったじゃん。お茶しませんか?位に聞いて、駄目なら即引き上げろってさー。あんだけオシャレして可愛くなったから、こうしてナンパされる様になったんだって自信を付けさせる為にあんたたちを呼んだんだから、きっちり仕事しろよ。」
「いや、でも朝美先輩の妹、マジ可愛いっすね。」
ヒリヒリと痛む頭を押さえながら右側の男は美夜を褒めるつもりで言ったのだろうが、それが朝美の逆鱗に触れてしまうとは思いもよらなかった。
「あ"っ?」
「いや、あの、だから先輩の妹は自慢するだけあって可愛いなあって……。」
「お前が気軽に口に出して良い身分じゃないんだよ。話してもらってるって自覚持って、もっと心底崇拝して初めて権利が与えられるのであって、変な勘違いもうわべだけの褒め言葉も要らないんだよ。」
親しくならなければ褒め言葉さえ許さない程、姉がどれだけ妹に心酔しているか分かるその変貌振りに二人は言葉を失った。
「美夜ちゃんに自信を持たせるのが目的であってお前たちに評価を付けて貰いたいが為に呼んだ訳じゃないの。良い?わかった?」
大学生の頃の凛々しくクールビューティーで通っていた朝美の姿とは一変し、妹を溺愛するが故に奔走するシスコン街道まっしぐらな言動に男たちはたじろぎ、少なからず恐怖を感じる。
そんな姉の息の掛かった美夜と、そんな姉が認める男とは一体どんな人物なのだろうか、と二人は一見しただけでは分からない地味な雷太の姿を思い出した。
「で、でも俺らがしつこく誘ったお陰で結構、良い感じな雰囲気になってたっすよ?」
「本当か!?」
「まあ。先輩の妹はその男の子の後ろから抱き付いてましたし。」
姿を見られる事を懸念し、陰から音声だけを頼りに状況を把握していた朝美にとって思いもよらない視覚の情報に歓喜し、一人ウキウキと今宵の馳走を想像する。
「いやー、ご苦労ご苦労。もう帰って良いぞ。美夜ちゃんに勘づかれるとあれだから、たまにならお店に来ても良いからな。その時はサービスしてやろう。」
そう言い、朝美は扮装の準備を始めた。
男たちは朝早く急に呼び出されたかと思えば、こんな役割を任され、綿密な段取りをし、服装も用意し、いざ臨めばものの数分で終わり、途端に冷たくあしらわれる。
そんな朝美の使い走りにされるだけなのに、友人たちからは羨ましがられるのだから男たちはまるで宝物を持った気持ちで帰っていった。
「ようやく美夜ちゃんに春は訪れるのね。どれ程待ち望んでいたか。…もしかして今日は徹夜かも。きゃー。」
掻き立てる妄想に身をくねらせながら朝美は楽しげに化粧を施していた。




