第66話
「ねえねえ、桃っち。止めた方が良いんじゃない?」
駅前を一望出来るガラス張りのオシャレなカフェに似つかわしくない程の大きな双眼鏡で雷太の動きを観察する桃に李はその悪趣味なピーピングに歯止めを掛けようと提案した。
誘われた時には随分乗り気で承諾したものの、いざ始まるといけない事をしてるみたいで胸が苦しく、若し自分が同じ事をされていると思うと嫌な気分となり李は手渡された双眼鏡を机の上に置き、カラカラとストローでアイスきな粉ラテをかき回し、彼女の返事を待つ。
「私は止めないよ。第一に栗林先輩は大きなアドバンテージを抱えた状態でデートに臨んでるんだよ。大家さんにバイト先に中学生の時は四六時中一緒に居て…それなのに今度はデート!?そんなのズルくない?」
雷太を捉えたまま李を見る事なく自身の行動の正当性を語るのだが、端から見ればストーカーの、嫉妬の塊で且つ拗らせた考えに李は退屈そうに一応は肯定する。
確かに美夜の状況は羨ましい限りで、雷太も付き合いが濃厚である為に余所余所しさは見受けられないのだから余計に不公平に感じてしまう部分は否めない。
しかし、だからと言ってこれが正しいとは言えず意気込んで扮装した自分が滑稽に見えて仕方が無かった。
「私にはチャンスを与えてくれただけなのに先輩にはもっと素敵な事を与えるなんて、オカシイじゃん。だったら私たちとデートしても良いんじゃないの?」
熱中して見つめるあまり、桃の顔には双眼鏡の跡がくっきりと残り、パンダみたいになっているにも関わらず李は笑うに笑えず、退屈しのぎにと彼女のアイスカフェモカにばれないよう、こっそりと液体甘味料を加えていく。
「大体、私たちを除け者にする時点で同じ土俵に立ててないんだよ?私はらい君の記憶に残らない幼馴染、あんたはケバい幼馴染。らい君にしてみれば邪魔な存在なのかもしれないよ。」
熱弁と言うより詭弁に近い桃の主張に李は生返事を繰り返す。
機会云々に関して言えば、思い当たる節は確かにあるもののそれを活かせなかった自身に責任があるのではないか、とも考えられるが故に彼女の言葉にはどうにも自己中心的でいまいち内容も薄く、心に響かなかった。
李の胸中も大きく左右しているのもあるかもしれない。
ただ、それを除いたとしても彼女の言い分は少々行き過ぎている部分はある。
「あんたには悪いけど、らい君には私だけいれば良いの。今は先輩の抑止力として共闘しているだけだから。」
李は何も言わず、桃が気付くまで延々と液体甘味料を注いでいく。
グッと言い返したい事を堪え、李はその瞬間がくるのをひたすらに待った。
「あ!何で先輩を助けるのかな~?そこは素通りでしょ。」
ぶつぶつ喋る桃を放って李は昼食を取るべく店員を呼び、雷太の後を追う為に簡素な物で済ませる桃に対し、彼女はしっかりランチセットを頼み、更にデザートまで頼んでいた。
「も~、らい君ってば……何これ?甘い。」
もっとオーバーリアクションな反応を期待していたのだが、淡々としていた為、面白さに欠け、イタズラのしがいの無さに嘲笑さえ起きず、ただため息をついた。




