第62話
遠足や修学旅行等、学校行事のある前日は緊張してしまい眠れなくなってしまう。
誰かこの現象に名称を付けてくれないだろうか。
何て自室の布団にくるまりながら、寝付けずにどうでもいいことまで考えてしまう程、雷太の鼓動は高鳴り、昼間のうたた寝も相まって余計に瞼は軽いまま、頻りに眠る事に集中するも却って逆効果だった。
帰りの電車に乗った時は、あの心地よい揺れが幾分、平静を取り戻したかに見えたが部屋に着けば、今度は桃が彼の布団に眠っているのを皮切りに再び、美夜の時とは違う緊張が走った。
また、貞操を狙われるのではないかと言う恐れや助け船の無い、この窮地に立たされた様な絶望的な状況で一体、どう起こせば良いのか分からず、雷太は取り敢えずと、静かに部屋へと入り、ゆっくりとした動作で近付く。
しかし、そこは彼にご執心の彼女である。
途端に布団から跳ね起き、すんすんと鼻を鳴らし、より濃い匂いを求め顔を動かすや微睡みの一切無いその開ききった瞳で雷太を見据え、安堵の笑みを溢した。
「おかえり。…良かった。夢じゃなかった。」
よくよく見れば、彼女の頬には残涙がありホッとした顔から悪い夢でも見たのだろうと予測出来る。
「ただいま。」
雷太は一言だけ話し、彼女の頭を優しく撫でた。
桃の漠然とした気持ちを和らげる手段として、用いられるこの行動は今までの経験上、とても効果のある事だと判断したが、良くも悪くも彼女は惚けていく。
身悶えし、胡乱としたその表情は徐々に桃の性的好奇心を高めていた。
布団で隠れて見えない下半身を淫らに揺らし、半開きにされた唇の端から涎が漏れ、より快楽を得る為に頭を彼に近付け、彼から刺激だけでは物足りないのか自らも頭を動かし悦楽の彩りを足していく。
「桃、もう寝たいんだけど。」
その言い方がまずかった。
「いいよ~。」
桃は体を敷き布団の端に詰め、掛け布団を捲り、彼女の体温と匂いの籠った部分を提供する。
そして事を速やかに至らせる為に桃は衣服のボタンを外していくのを見た瞬間に撫でていた腕を引き上げて、体ごと背けた。
「ほら、らい君。」
桃は早く入れとばかりに何度も敷き布団をポンポンと叩く。
「そうじゃなくて、桃は自分の部屋に戻ってって事。」
最早、振り返る事さえ桃の思惑にはまってしまうと雷太は彼女の部屋を指差し、分かりやすく伝えた筈なのに彼女は微動だにしない。
「も~。らい君何言ってるの?もう結婚したようなもんなんだから、私の部屋とかじゃなくて二人の部屋なんだよ?うぶなんだから。遠慮しなくていいよ?私は準備バッチリだから、何時でも大丈夫だよ?」
そう言いながら、今度はしゅるしゅると何やら衣服をはだける様な音をたて、雷太の聴覚を刺激させていく。
………。
後の攻防は想像にお任せしたいのだが、確実に言える事、それは二人はまだ一線を越えてはいないと言う事。
桃の度重なる不安が積もり、事実を証明するより先に既成事実を作ってしまえば確認する必要など無いと結論付けたが故の先走った行為であり、一段落した後に我に返り酷く後悔している彼女を慰めるのに再び時間を削ったのは言うまでもない。
そうしてようやく落ち着いた頃には疲労は溜まっていたものの興奮冷めやらぬ状態のまま寝付けず今に至り、意味も無く携帯電話を弄り、画面に無数に写る羊の数を一匹一匹丁寧に数える単純作業で眠気を取り戻そうと奮闘していた。




