第57話
「ねえ、いい加減ライから離れたら?」
小さな机に窮屈に並べられら料理の品々、それに比例する様に座る四人ではあるが突出して雷太と桃の距離は誰も割り込めない程、ベタベタとくっつき、李はそのあからさまな彼女の行為に呆れながら注意する。
李の左隣で羨ましげに粘り気のある視線を送る美夜は彼女の言葉で我に返り、何事も無かったかの様に必死に頷くものの今度は嫉妬の眼差しで以て桃を睨んだ。
その美夜の左隣の雷太はここ数日の日常の一部となった桃との接触に抵抗しようと言う意識も生まれず、李の注意にも冷えた頭で『やっぱり、変だよな』位にしか考えず、先程の事も相まって無駄に刺激させられず、桃自ら離れてくれないかなと他力本願にじっと桃を見つめる。
とうの本人は李の注意にも動じず、彼女達の負荷の積もった視線にも臆する事なく寧ろもっと煽らせようと更に体を密着させ自慢気に雷太との仲良しぶりを露呈させた。
「ぐへへ」とゲスの効いた笑い声を上げ、彼の体臭を存分に堪能し自身の匂いを擦り付けようと体を擦り付ける一連の動きに美夜は生唾を飲み込み、桃のその大胆な行為を悩ましげに見つめる。
「ライも拒否しないから、どんどん付け上がるんだよ!」
一向に離れない彼女に痺れを切らした李は今度はと雷太に責任を背負わせた。
「話は聞いたけど、それでもある程度の線引きはしとかないと後々大変だよ?桃っちも大概にしとかないとウチだって手加減せずにボコボコにしちゃうよ?…言葉で。」
余程、桃の行動が癪に触るのか李は何時ものふざけた調子ではなく淡々と冷たく言い放つ姿に周囲の空気は一瞬にして冷え込んだと錯覚する程、李の視線は氷のようで雷太は身震いを起こした。
それに釣られ美夜も羨望とした眼差しを止め、これ以上の失態を見せまいと黙々と朝食を済ませていく。
しかし、桃はそれでも姿勢を崩さず寧ろ薄ら笑いを浮かべ李を嘲り、わざとらしく雷太の胸元で顔を隠した。
「らい君、怖いよ~。自分が出来ないからって僻んで八つ当たりしてくるよ~。」
「なっ!?何言ってんの!?ウチは桃っちとライの事を考えて言っただけだっつーの。それにそ、それ位ウチは余裕だし。」
幼稚な煽りにさえ大人な対応が取れない程、李は焦りを見せ、いざ立ち上がったものの中途半端な覚悟では右往左往と雷太の周りを歩く事しか出来なかった。
「こ、こういうのは常日頃やってると、あありがたみが薄れちゃうからね。だ、大事な時までと、っとかないと。」
結局、甘えられず元いた場所に座り直し強がりを言う李の顔は有言実行出来なかった恥ずかしさと照れで耳まで朱色にさせ、高飛車にそっぽを向く。
「でも、本当に違ってたら桃ちゃんの愛情って何なの?って事にならないの?」
根本的な部分として重鎮する愛。
それが仮定として突き進んでいく不安定な均衡で積み重なる中、桃はどう受け止めているのか美夜は知りたかった。
仮定の枠を飛び越えられない状態で本人だと確認出来ない彼に甘えたり、愛の言葉を口にしたり、軽々と恋慕を体現するその胆の据わった彼女の愛とは何だろう。
「違うなんて有り得ません。」
心に揺さぶりを掛けようと企む悪意ある言葉と判断した桃は、きっぱりと断りをいれる。
「今まで色んな男の子と照らし合わせてみましたけど、らい君だけです。だから、確認するまでもありません。もうらい君はらい君ですから。」
そうしてこれ以上、会話は続かず黙々を朝食を済ませていく。
皆が何を思っていたのか、雷太は知る由も無い。
しかし、先の女子会が三人の気持ちを変えたのは確かである。
だからこそ、何時までも先延ばしにしちゃいけないんだと気付かされた。
お金が勿体ないとか、そんな格好の付かない事を言っててはズルズルと三人の気持ちをただ弄ぶだけになってしまうと。




