第54話
「何…してるの?」
何となく嫌な予感はしていた。
三人揃ってバイト先に赴きケーキのテイクアウトを注文した時から、この先の流れがスラスラと違和感なく頭を過り、恐らく帰った頃には出来上がっているだろうと覚悟はしていた。
のだが、まさか三人がぎゅうぎゅう詰めの息苦しく暑苦しそうな中、布団で寝ているの見たら怒る気さえ失い、寧ろ修羅場じゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。
食べかけのケーキを片付けようと皿を掴もうとした所、ケーキからどうにもアルコールの匂いが微かに鼻を刺激する。
「これか…。」
この珍事の原因に雷太は氷解すると共に朝美が何やら企んだ笑みをしながら調理していた事にも納得していた。
それでもこれだけお酒臭い筈のケーキを何故食べようとしたのか理解し難く、彼は二次災害を防ぐべくビニール袋に入れ、ゴミ箱へと捨てる。
テーブルや床に散らかったお菓子を片付け起こさぬ様に掃除を始めようとした瞬間、雷太の目の前にあってはならない物が散在している。
「……。」
一瞬、凍り付いたがの如く体は一時停止し、そのまま機械の様にぎこちなく首を曲げ視線を反らした。
思えば制服が脱ぎ捨ててあったのは知っていたが、Yシャツはおろか肌着や下着までもがそこかしこに落ちている。
彼女たちに背を向け、両目を閉じ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
とりあえずと音を立てない様に忍び足で玄関へと向かい、ゆっくりドアノブを回し、携帯と財布だけ持ち、部屋を出る。
「どうしよう。」
雷太はただ困っていた。
自分の部屋にはどんな状態で寝ているか分からない彼女達、大家やバイト先に待ち構えているのは美夜と結ばせようと目論む親族達、金銭的にも無駄な浪費は避けたく、かと言って友人宅に行くには電車に乗らねばならない。
「僕の部屋なのに何で?」
雷太は壁に寄りかかりながら座り、どうにもならない状況に落ち込んだ。
「いや、もっと前向きに考えよう。例えば……そうそう、三人仲良くなってるんだから良しとしよう。」
しかし、ネガティブな事ばかり考えていると生活面に於いてもマイナスな出来事に遭遇しやすくなると考えている為、雷太は良い点を見付けようとした。
「後は…部屋が良い匂いに包まれてる…じゃなくて賑やかで孤独に苛まれない。」
多少、ヤラシイ事も考えつつ雷太は続ける。
「それと、、話し相手に困らない、は賑やかに含まれるか。……料理だって桃にしてもらってるし……あれ?」
と前向きな点が尽きかけた所でふと疑問に思った事があるのだろう、この密の濃い今週の出来事を頭の中で並べ立てる。
思えば桃との強烈な出会いと共にこの生活は始まり、誰もが羨む美少女との半同棲なんて聞こえの良い状況下なのに、一時も気の休まらないのは何故なのだろうか。
答えは簡単で桃は嫉妬と執念と盲目の愛で構成された美少女であり、行動力やたゆまぬ努力で常に全力で雷太に猛アピールする為である。
それに加え、美夜との出会い。
中学生時代の殆どを彼女と過ごし、それこそ良い雰囲気のまま発展するのかと思いきや、朝美が妹以上にはしゃいだが故に却って彼女は気持ちを伝えづらくなってしまった。
未だにその尾は続いており、今度は大家である美月が加わり美夜にとっては一族総出で彼にアプローチを掛けるものだから恥ずかしい限りだろう。
そして、李との懐かしい会話。
李と話したのはいつ以来だろうかと考え込む程、いつの間にか疎遠になってしまった。
雷太の記憶力の乏しさなのか、幼稚園児の頃の印象しか覚えておらず、今の彼女の変貌ぶりには驚くばかりなのにいざ話してみれば、意外と戸惑う事なく会話出来ていた事に彼自身、感慨深いものがあった。
いくら時が過ぎても人との繋がりは続いているのだなと感動を覚えた。
この三人に共通しているものが『約束』であり、皆がそれに向かい奮闘している。
皆が彼を手に入れようと虎視眈々と狙っている。
特に桃は顕著であり、美夜と李に敵意を剥き出しにしていたから、仲良くなれないと思っていた所にこの事態である。
雷太は素直に喜びを隠せず、一人夜空に向かい笑みを溢していた。
そうして、この濃厚な一日一日を思い返す。
彼女達が起きるまでの暇潰しに丁度良い程に濃密な時間。
しかし、雷太は知らなかった。
彼女達が起きるのは翌朝だという事に。
飲酒を推奨している訳ではおりません。
あしからず。