第5話
跳びながら喜ぶ桃をよそに雷太は幾つも思考を巡らせた。
何故、流や彼女は覚えているのに僕は約束を覚えていないのだろうか。
況してや、彼女の存在すら忘れているのだから、いよいよ以て狐につままれた様で気味が悪かった。
「ねえ桃ちゃん。雷太・小学生ver.の写真あるよ。」
「買ったっ!!」
人が折角、思い出そうと必死に頭を回転させてる横で何やってんだよ。
流も何でそんな、如何わしい喋り方で僕の写真を売り付けるんだよ。
しかも、即決だし。
「買わんでいい。」
「もしかして、貰える!?」
止めてくれよ。
そんな目を輝かせて、こっちを見ないでくれ。
雷太は溜息をこぼし、あんなに記憶を呼び覚まそうとした事が馬鹿らしくなり、肩を落とす。
「何だよ、雷太。お前、こんな可愛い子にせがまれてるのに素っ気ないぞ。」
「そうだそうだ。流君、もっとらい君に言ってやって。」
すっかり意気投合してる二人を尻目に雷太も黙ってられず、反論した。
「僕だって嬉しいよ。こんな可愛い子に迫られたら誰だって嬉しいさ。でもさ、僕が覚えてない約束事を盾にされたって、ピンとこないし何より人違いだったら、ただ恥ずかしいだけじゃん。」
すると、桃は頬をピンクに染め、身を捩らせる。
「やだ、可愛いだなんて。でも嬉しい。好きっ!」
キャーと一人で騒ぎ、鞄からテディベアを取り出すとまた、ブツブツと話し掛け陽気に綺麗なターンを決めた。
「なあ、雷太。お前と俺と何が違うんだろうな。」
僕は何も見なかったし、聞かなかった事にした。
流は見てくれも良いし、話上手だし、ノリだって悪くない。
でも二人共、可愛いと言ったのに雷太にだけ反応する、この余りの反応の落差は彼でも相当堪えたようで、明後日の方角を見て自分の世界に逃避したようだ。
「ねえねえ、ねえねえ、らい君。私、どれ位可愛いの?」
流の余計な一言は、桃の心の炎に油を注いでしまう。
「らい君の可愛さランキングで私は何位?」
雷太が俯けば、それに合わせて桃は覗き込み視線を合わせようとする、と自然と体は密着する様に距離感は近くなり、右手は彼の肩に、左手は一切の躊躇も無く、彼の左手に重ねる。
「ちょ、ちょっと!」
「どしたの?」
「何、手握ってんの?」
桃の頭上にははてなマークがこれでもかと浮かび上がるのが見える程、小首を傾げ、難しい顔をした。
「何でって……結婚するんだから当たり前じゃん。不思議な事は何一つ無いよ。」
彼女の今の笑顔を見ていると、まるで煌々と降りしきる太陽の眩しさを思い出す。
さながら僕はそれに顔を向ける向日葵か、呆気と熱意に顔を背ける事が出来なかった。
午後を跨ぎそうな時間。
未だ太陽は隠れているこの天気は雷太の心情を表しているようだった。