第42話
「らい君、安心して。優しくするから。」
むふー、と鼻息を荒くし抱き締めた桃は体を擦り付け、猫なで声で宣うものの何とも信じがたく、雷太は身を捩りながらどうにか出入口の方へと向けさせる。
すると、何か袋菓子を開きポリポリと食べる音が出入口の方から聞こえ、そこからも荒い呼吸音がしていた。
桃の肢体を見ないよう注意しつつ、指の隙間から出入口付近を見据えるや、大家が目を見開き、隠れたつもりの姿勢で二人を覗き見していたが、彼の視線に気付くと直ぐ様死角へと身を隠し、またゆっくりと頭を覗かせる。
「大家さん……何してるんすか?」
「…覗き。」
流石、栗林家の血を引く者と褒め称えるべきか、朝美に続き大家までもがこのような行為に至るとは思いもせず、況してや大家の方が興味津々で食い入るように見ていたのだから彼も苦笑いしか出て来なかった。
「ちょっと助けて下さいよ。」
後ろから制服のボタンを外し始める彼女をよそに大家に助けを求めるも当の本人は菓子を頬張りながらも何やら納得した様子で桃の動きを見詰めている。
「最近の子は結構過激だねー。大家はたじたじよ。」
この微妙な体の入り具合のせいで出るに出られぬ状況の中、尚も桃は下準備として各留め具を外していた。
その間も首筋を舐めたり、欲情させる蠱惑的な動きを交え、大家の姿など目にも留めておらず好き勝手に彼の体を弄り倒す。
「桃、見られてるよ。」
「いいじゃん。見せ付けちゃおうよ。私とらい君の激しいにゃんにゃんぶりを。ね?」
恐らく桃の瞳は正にダイアモンドの如く輝きを放ち、ホントに大家さんに見せ付けてやろうと考えてるに違いない。
雷太はそう結論付け、どうにか彼女を落ち着かせる方法はないかと思考を巡らせるも妨げるように密着した柔らかき物体Xにどうにも心は惑わされる。
「桃ちゃん、良いの?雷太君は嫌がってるみたいだけど。」
ガサゴソと食べるのを止めない大家は菓子で膨らんだ口からモゴモゴと桃に決意の程を聞いてきた。
「大丈夫ですよ!らい君は照れてるだけです。本当は心の底から私とうにゃんうにゃんしたいと思ってますから!」
明るく即答する彼女は服の隙間から胸板を撫で回し、まるで自分の匂いを付けようと顔を擦り付け、徐々に口元はだらしなく惚けていく。
「なら、良いけどさ。違うかったら雷太君に嫌われる事は確実だと思ってさ、聞いてみたんだよね。それはそれでうちの美夜ちゃんにチャンスが回ってくるから良しではあるよね。」
嫌われる、その言葉を聞いた途端に桃の体はピタリと動きを止め、それから思い詰めた様に表情を曇らせた。
「たった一回の衝動の為に嫌われる覚悟は尊敬に値するけど、リスクが高いと思ってさ。うちの美夜ちゃんは果報は寝て待てな性格だから、そういう意味では桃ちゃんとの相性は良いかな?だって、桃ちゃんが勝手にぶち壊してくれるんだからうちの美夜ちゃんはただ待ってれば良いだけだからね。まあ、見せ付けるんなら見せ付けちゃってよ。」
「ら、らい君が私の事、き、嫌いになる、筈、ないもん。」
如何に盲信している桃でも可能性はゼロでないと言い切れず、今もこうして歯切れの悪い返事をし、悔しそうに大家の忠告を無視出来ずにいた。
「ほら、やりなよ。」
大家はジェスチャーを交え煽るや、彼女はぐうの音も出ず、名残惜しそうに抱き締める力を緩める。
そうして雷太は脱兎の如く桃からいち早く離れ、居間へと崩れ落ちた。
「あっ……。」
彼女の腕から抜け出た瞬間、失望感に言葉を漏らし、そして瞳から涙は零れ落ちていく。
自身の行動が間違っていたのか、若しくは彼の気持ちに揺らぎがあるのか分からない。
しかし桃の腕から離れてしまった事、 それだけで彼女の心は砕けてしまいそうだった。




