第35話
普段は店一杯にテーブルを均等に配置されているが今日は雷太が急遽休みを取った事もあり、ゆったりと開放的なスペースに設定されていた。
実際は美夜の父親の気分次第と言うのも影響しているものの、常にこうした動きのある空間と言うのも面白味がある、と朝美はウキウキと語る。
「おやおや。」
厨房から飛び出し、エプロンで手を拭いながら朝美は卑しげにニヤケ、二人を見ては繋がれた手を見てと意味ありげに繰り返し、堪能したのかあからさまに声を出す。
それに直ぐ様反応したのが美夜だった。
手を繋いだだけでもぎこちない笑い顔となり、耳まで真っ赤にしていたのが更に全身が赤くなる程まで染め上がり、突き放す様にして手を背中に隠した。
「美夜ちゃん、やらしいー。」
朝美は腰を曲げ、限界まで俯く妹を覗き込みながら頬っぺたを人差し指で悪戯につつく。
「ち、違うもん。」
「違うくないよ。恋人同士じゃないのに男女が手を繋ぐのは誰がどう見てもそういう事だよ。」
「違うもん。まだ、そうじゃ…ないだけ…で。」
興奮し反論した美夜だが、自分が一体何を言っているのかを途中で気付いてしまい、垂れた髪の毛越しにそっと雷太を垣間見れば、彼もまた顔を朱色にし気まずそうに顔を反らしていた。
「はいはい、ノロケはここまでね。」
美夜を茶化して満足したのか拍子を打ち、朝美は何時もの落ち着いた顔付きに戻り背を向け、後を付いて来るようにと手合図する。
客数がまだ少なくて助かったと雷太は内心ホッとしていた。
これが大多数の前で繰り広げられていたらと考えると彼はおろか美夜はそれ以上に辱しめを受けてしまっていただろう。
それは彼女も考えていたようで、人目を避けるように雷太の体に密着し、ちゃっかりと手まで握っていた。
そうして受け付け口から短めの廊下を渡り、土間で靴を脱ぎ正面の階段を上り最初の個室の扉を開ければ洋風に施された内装にテーブルと椅子だけが置かれていた。
ただ、テーブルの形が問題だった。
それはハート型に作られ、湾曲した部分二ヶ所と鋭角の部分に足が取り付けられているお陰で椅子を並べると丁度、お互いを見つめ合わせつつ、手も握れ、足も絡める事が出来ると言うカップル向けの設定となっているのだ。
「買ったは良いけど使う機会が無くてね、丁度良く被験者が見付かったという事で感想をお願いするよ。」
朝美は給仕らしく、椅子を引き座る様に促す。
だが二人とも臆した感じに見合せ、座ろうとしない。
「美夜ちゃん、わたし忙しいんだよ。座らないんだったら、今すぐにでも雷太君に働いて貰っても良いし…。」
困った顔をして悩む美夜を急かすものの、それでも踏ん切りがつかないのか一向に動こうとしない。
そこで朝美は美夜の耳元で一石を投じる。
「ここで話し合ってれば、直ぐ薄暗くなっちゃうよ。そうすると今度はここで夕食を食べる流れになるよね?食べた頃にはすっかり夜だよね。雷太君は美夜ちゃん一人で帰らせるのかな?恐らく、送っていくんじゃないのかな。今、ここで拒めば、もう解散だよ?雷太君にアピール出来なくなっちゃうよ?」
そう揺さぶりをかければ彼女は素直に姉の言う事に従い、赤らめながらも雷太に目配せする。
「ら、雷太君…ど、どうぞ。」
ただの打ち合わせの筈がきな臭い方向に進みつつあるのを知りながらも彼は拒めず、促されるまま座るしかなかった。




