第33話
「…それ、デートだよね?」
彼女の小さなお弁当に詰め込められた、これまた小さく可愛らしく料理の品々が彩り良く並べられたはいいものの、雷太の言葉に昼食時にはそぐわぬ感情が沸きだし、その八つ当たり先としてクマに型どられたハンバーグは元の挽肉へと潰されていく。
「違うって。美夜先輩が、心霊スポットに、行きたいけど、一人じゃ行けないから、誘われたんだって。」
多少興奮気味の彼女を落ち着かせる様にゆったりと喋り、身振り手振りを添え、段落を踏まえたのだが納得していない所か拗ねているのか唇を尖らせ、尚も挽肉を押し潰していた。
「もう名前で呼んでるんだ。いいね…。私なんか忘れられてたみたいだけど。」
情緒不安定な桃は早くもぐずついては唇を戦慄かせ、自身との対応の違いが余程堪えているのだろう、徐々に押し潰す対象が弁当箱の中身全てに切り替わっている。
「それに何度聞いても絶対デートだし。」
彼女は頑なに意見を曲げず、貧乏揺すりまで始めてしまうのだから苛立ちや不満が募っているのだろう、首を傾げたりと落ち着かずにいた。
「な、流はどう思うよ?」
我関せずと楽しそうにご飯を食べていた流は雷太の無慈悲な救難信号にギョッと目を見開き、彼を見つめた後で恐る恐る彼女の方に目を向けるや、その目力の強さに様子見した事を後悔してしまう。
「そ、そりゃ、女の子に誘われたら、デートなんじゃないかな?」
チラチラと反応を窺いつつ彼女の擁護をするやあの目力の矛先が雷太へと向いた事を考えると、どうやら正しい答えなのだなと、ホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、僕が桃に自殺の名所に行きたいんだけど、一人じゃ怖いから一緒に来てくれない?って誘ったら?」
「私と一緒に巡りたいんだからデートだね。」
「だったら、怪しい集まりに誘われたんだけど一人じゃ不安だから一緒に行かない?って聞いたら?」
「これもデートだね。」
「明らかにねずみ講だよねって分かりながらも桃に会員になってくれない?って薦めたら?」
「私を必要としてくれてるからプロポーズだよね。」
「殺人事件の犯人なんだけど罪を被ってくれない?って提案したら?」
「二人の共同作業なんだから結婚だよね。」
色々と特殊な条件下で聞いたものの桃の行きつく答えは全て雷太の斜め上をいき、呆れと言うよりは頑とした信念に尊敬さえ感じてしまい、苦笑まじりに自身の彼女への考慮不足に失望した。
「分かったから。もういいよ、デートで。」
結局、彼が折れるしかなかった。
「全く、らい君は……。私が目を離すと直ぐ他の女の子が寄ってきちゃうんだから…。らい君もらい君でさ、私が居るんだから、もっと私の事を蔑ろにしないで相手してくれないと寂しくて監禁しちゃうぞ♪」
そうして桃が雷太の不満点を上げつつ構って欲しいが為に軽やかに言い放つ脅迫を果たして甘受すべきなのか悩ましい所であり、流もまた今の発言には苦笑いした様子で擁護は控えていた。
「やだやだ半分冗談なんだから真に受けないでよ。」
流石に彼の薄暗くなった顔色にやり過ぎたと気付いたのか大袈裟に両手を振り、フォローを入れたつもりなのだが余計に彼の不安を助長させている事には気付かなかった。
「と、兎に角、約束の日までは後二週間位有る訳だし、私もそこまで鬼じゃないから、デートを許可します。でも!でもだよ、私のらい君だって確定出来たら、ちゃんと私の事も向き合って貰うからね!」
何故だろうと雷太は不思議がる。
どうして美夜との約束を守る為に桃の許可が必要であるのか?
更には上から目線で、許容力も有りますアピールをして浮わついた話でもきちんと理解してスムーズに物事をまとめ、円滑にまとめる良妻ぶった態度をするのだろうか。
誇らしげに彼を見つめ鼻高々にする桃の言動に少し腹立たしさを感じながら、昼食を終える昼休み。
窓から射す温かみのこもった光がそんな全てを忘れさせてしまう様に気持ち良くポカポカにしていく中、どうか彼女の求めるらい君ではありませんようにと雷太は顔に光を浴びせ、心で願っていた。




