第32話
「よっ!」
「お、おお。」
教室出入口の近くで駄弁るギャルは気さくに雷太に声を掛けた。
あまりに突然であった為か、それとも久しく話していなかった相手であった為か、彼は狼狽えつつも気軽に挨拶を交わす。
その後ろでは息も絶え絶えの桃が額に浮かぶ汗を拭いながら声の発生源である方を雷太の肩越しに睨み付けると今日もバッチリとメイクの整った李が机を椅子代わりにして両足をぶらつかせていた。
ただでさえ雷太と美夜の秘密の会話を聞き逃してしまい、機嫌を損ねているのに又も彼に言い寄る女性が居るのかと考えただけで脈動は更に体を響かせ、頭に血が上り、拍車をかけて不機嫌は体を包み込む。
ヘラヘラと笑っていた李でさえ桃を一瞥するや蔑んだ視線を送り、彼女を見下す様に鼻を鳴らし挨拶もせず再び友人と話し始めた。
桃もまた要らない火種を生みたくないのか、卑下した態度にも無関心のまま自席へと向かう雷太の後を追い掛ける。
「おはー。」
席に着くなり流は気怠そうに挨拶を交わすも桃や李との緊張した空気に眉を潜め、何とも燻った表情をして彼の前の席へと腰を下ろした。
「何この空気?」
「…僕が知りたいよ。」
あらゆる重圧に押し潰れたのか、雷太は机に突っ伏しながら美夜との会話を思い出していた。
『あの…今度の日曜日にでも、デ、デートでもしない?あ!デートって言っても心霊スポットに一緒に行って欲しくて。…その、一人で行くのはちょっと怖いから…駄目なら一人で行くし……。』
視線を頻りに右往左往させながらも彼を何度も様子見て、緊張のせいか早口で捲し立て、そうして次第に下火になっていく勇気に比例して顔は俯き、声量も弱々しくなっていた。
美夜は後ろから猛烈に追い掛ける桃の姿を見たのだろう、返事をする前に逃げるように駆け出してしまった。
美夜は人を貶めたりする事は一切しない。
いや、出来なかった。
ただでさえ苛められ信用出来る人間は限られてる中で同調し、孤立するのを拒否してきた為に強い者に流されやすく、自ら行動する時は火を被る時だけだった。
そんな彼女が雷太を誘うのには大変な葛藤があったに違いないと雷太は考え、ではそれをどうすべきかが彼の課題となった。
こうして思案を繰り広げる間も桃は彼に覆い被さり、髪の毛の匂いを嗅ぎながら流と会話している。
勿論、体を密着させ煩悩を奮い立たせようと煽動するものだから雷太の思考を大いに邪魔させ、一向に良いアイディアが思い浮かばない。
「桃、今考え事してるから邪魔しないでくれる?」
桃に要らぬ刺激を与えないようにと決して動かず言い放つ。
「やだ。どうせ栗林先輩の事だと思うからずっと邪魔する。」
「いや、集中出来ないからさ。」
「と言うことはらい君!やっと私の体に欲情してくれたの?嬉し~~。だってそうだよね?周りだって騒がしいのに、そんな中で私にだけ注意するって事は聴覚としてじゃなくて触覚が気になってるって事だもんね!?」
両手を絡めその場でくるくると回り喜びを表現する桃をよそに彼は美夜の誘いを受けるべきだと決心していた。
ただ、それを桃にどう伝えるかが問題である。
雷太の課題は尽きない。




