第3話
入学式、HR、レクリエーションと今日の行程が無事終わる頃、最後にと担任教師は名前に間違いがないか点呼を始めた。
五十音順に呼ばれる中で、「平 雷太」そう言われた瞬間、桃の緊張した面持ちは一度に消え失せ、安堵とも喜悦とも捉えられる頬の緩ませ方に雷太は気付かない。
「今日はこれで終了ですが、明日から本格的な高校生活が始まります。これから3年間よろしくお願いします。」
ここ4組を受け持つ五十鈴教師の言葉と共にチャイムが鳴った。
生徒たちは各々、友達作りに励んだりと忙しなく動き回る一方で桃は四方からお声が掛かっているにも関わらず、無下に断り、真っ直ぐ雷太の元へと歩いて行く。
「あの、らい君だよね?」
ああ、懐かしい呼び名だな、何時以来だろうと思って振り返るとそこに立っていたのは間違いなく美少女である。
伏せ見がちに開かれた瞼でさえ、その瞳は大きいと分かる。
「これ、覚えてる?」
後ろ手に隠された古ぼけたテディベアを見せ付け、胸元で抱く、指は綺麗な曲線を描き、純白な肌が制服を背景に眩しく浮かび上がる。
しかし仕草の一つ一つから緊張が垣間見えるのに、そのぎこちない笑みでさえ、可愛らしく見えるのだから不思議だ。
雷太もまた緊張で身を固めていた。
確かにそのテディベアに見覚えが有るのだが、決定的となる記憶が見当たらないのだから。
幼い頃から、どうにも人の顔を覚えるのが苦手で、母親の顔すら見間違うのだからどうしようもない。
だからこそ返答に迷ってしまう。
彼女の瞳は徐々に期待で輝き、おずおずとした空気は何処へやら、綺麗に整った歯を見せ笑っている。
「それ、ホントに僕ですか?」
雷太もまた冗談めかしく、それでいて否定気味に問い掛け返した。
「うん。絶対にらい君だよ。その証拠に左目下の黒子でしょ。後は私から見て右側の手の平の小指の付け根辺りにも黒子あるでしょ。それから、らい君って呼んだら、呼ばれ慣れしてるみたいだし、このテディベアを見ても、懐かしそうな顔してたし、間違いないね。」
雷太はゆっくり左手を開くと確かに小指の付け根辺りに黒子はある。
「コレ、交換したの覚えてない?」
まるでテディベアが喋ってるかの様に雷太の目の前で動かし、彼に質問した。
「………。」
言葉に詰まり、沈黙していると桃は唇を尖らせ、ブツブツとテディベアに話し掛けるや、口の端、そして目尻が戦慄き、輝いていた瞳が涙でくすんでいった。
肩が震え、鼻をすすり、嗚咽を我慢する様に固く口を閉じても尚、雷太を見据え、何かを求めていた。