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それ、ホントに僕ですか?  作者: 海々深々魅々美
違うは何時かの齟齬からか
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第29話

「すいません。」


気まずくもあり、かと言って不快とも言えないぎこちない雰囲気の漂う中、桃が奏でる食器の洗う音に負けてしまいそうな気弱な声なのに彼女はピタリと音を止め、背中越しからでも伝わる程に扉の向こうの存在を忌々しく見つめていた。


雷太を一瞥する彼女の顔は張り付けた様に彼女らしくない満面の笑みをし、そのまま玄関を開けばオドオドとして落ち着きの無い美夜が立っている。


美夜がまず何より驚いたのは桃が出迎えた事であった。


昨日、彼女と対面した時に自身の消極さがこの恋が実らない最大の要因であった事を痛感させられ、且つああして雷太に気軽に触れる彼女の大胆さが羨ましくて堪らなかった。


雷太に助けて貰った上に更に中学を卒業するまでの間、付き添って貰った彼の優しさに付け込むようで気が引けてしまったが故に美夜は無理矢理、彼と距離を置いてしまった事。


そして、自分の未熟さが招いた反抗期のせいで折角朝美や父親が尽力して二人の仲を取り持ってくれたにも関わらず反発し、塞ぎ込んでしまった事。


もう少し自己中心的に考えていれば、既に雷太と結ばれていたのかもしれないと桃の存在が如何に脅威であるかが美夜には苦しい程、分かってしまった。


部屋に押し掛けてまで彼と一緒に居たい。


それだけで桃の気持ちが真を貫いているかが、況してや無様な姿を晒しても彼にすがる執心さだけで美夜に勝ち目なぞ無い。


それでも決死の覚悟と言わんばかりの決意を胸に抱き、生唾を呑み込みながら緊張と恐怖に挟まれながら、美夜は消え入りそうな声で尋ねる。


「あれ……桃…さんも一緒なんだ?」


彼女に対峙する桃は確かに笑っているのに目の輝きだけは感情のかの字すら映さない程に暗く淀んでいる。


その迫力たるや中学生の時のいじめっ子なんて可愛く思える程、そこに内在しているものは大きくどす黒い。


先輩らしく振る舞おうとした矢先に待ち構えていた、桃の対応に美夜の足は小刻みに震え、後悔が全てを押し潰してしまう様に心にのし掛かった。


「勿論です。私たち夫婦ですから、一緒でも不思議じゃないですよね。」


桃は前のめりに近寄ると玄関枠の竪桟を両手で掴み、美夜にこれ以上侵攻させまいと障壁となり、更に彼女から雷太を見えなくさせる。


「どういうつもりか分かりませんけど、私的空間を犯さないで貰えますか?はっきり言って迷惑です。」


桃は丁寧に断りをいれる。


なのに言葉の節々には呪詛でも唱えてるかの如く、重々しく美夜の言葉を潰していく。


「それはお前だろ。」


そう言いつつ雷太は桃の頭を押さえつけ、無理矢理玄関からどかした。


桃は淫らに声をあげ、何と至福に満ちた顔か、彼に触られ話し掛けられたのが嬉しかったのか、彼が来た途端にあんなに死んでいた瞳は神様も驚く程の奇跡で光り輝き、さっきまでの重苦しい空気は瞬時に一変していた。


「ごめんなさい、栗林先輩。桃が勝手に部屋に上がり込んでるだけで…。」


「いいのいいの!わたしこそ急に来ちゃって……迷惑だったよね?」


「いえいえ、そんな事ないですけど。でも、どうやって居場所を?」


「それは、えっと、お姉ちゃんに教えてもらったの。」


余程、美夜と雷太が楽しく喋っているのが面白くないのだろう、桃は不貞腐れた様に唇を歪ませ、徐に彼へと近付き後ろからベタベタと触り始める。


楽しそうに、そして嬉しそうに触れる桃の姿を美夜は羨望の眼差しで見ていた。


わざと見せ付けそれでいて雷太ともじゃれ合う光景は美夜にとって苦痛であるのに、欲もまた伴う。


あの頃に戻れたら、なんて事を雷太と離れてから幾度となく頭を過る仮定の妄想。


見ていられないのに自分と重ね合わせたくてつい垣間見て、その都度桃は勝ち誇った笑みで挑発し、心に蟠る雷太への思いが募っていく一方だった。


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