第25話
バイト終わりに歩く道は程好く涼しい風が頬を撫で、薄暗くなった空が次第に気持ちを落ち着かせていく。
朝美が反論してきた言葉が反芻する様に何度も頭を駆け巡っては心の奥深くを抉ってはまた頭へ、と繰り返した。
前に進まなきゃ、と失恋した時、励ます為に使われてきた言葉。
となると恋愛は立ち止まる事が前提で始まるのだろうか?と雷太は随分、小難しく頭を悩ませていた。
それでなくても、後ろから悩みの種となる足音が聞こえてくると言うのに彼は中学生の頃の悪い癖が出たのか、言葉で言い表せられない事象をどうにか自分の理解出来る範囲に解釈したがり、あくせくと考えに耽っている。
「らい君…話、聞こえちゃった。」
申し訳なさそうに柔らかに喋る桃の声色はどこか儚げで、なのに悲しさは感じられなかった。
立ち止まり桃へと振り返る雷太の面持ちは責任を感じているのか、眉を下げ瞳に覇気が無く、視線は下げたまま何か言いあぐねている。
「私はね、思うんだ。」
彼女は優しく笑い、彼の言葉の尻拭いを始めた。
「責任を感じてるなら諦めるんじゃくて付き合ってよ!って思うんだ。」
真剣な表情で話したかと思えば、今度は無邪気に笑って見せて、冗談半分に雷太を励まそうと試みるも彼は愛想笑いをしただけで瞳に蔓延った色は消え失せない。
「らい君は深く考え過ぎだよ。好きだから立ち止まるんじゃないんだよ。」
静かに近付き雷太と肩が触れ合う距離まで辿り着いても、彼は身動き一つ取らないのだから、朝美の言葉が如何に彼の胸中に突き刺さっているのかが見て取れた。
「立ち止まっても良いって事なんだよ。」
雷太は桃の言葉の意味を理解出来ず、困り顔のままようやく彼女の顔を見た。
そこには怒ってるのではなく、責めているわけでもなく、ただ笑顔のまま雷太を見据えていた。
「1年…365日なんて、何もしなくてもあっという間に過ぎちゃうじゃん。でもさ、好きな人が出来ると1年は……ううん、1日さえすご~く遅く感じちゃうんだよ。会えない時なんか、時間が止まってるんじゃないかって位に。……何が言いたいかって言うと、何をしなくても過ぎちゃう時間を好きな人に注げちゃうって事。」
いまいち要領を掴めない彼女の話で余計に意味が分からなくなる雷太は尚も苦虫を噛んだような渋い顔をして頭を横に捻った。
「らい君って紅茶好きだよね。だったら、コンビニでジュースを買うか、それとも一から茶葉から淹れるかだったら、自分で淹れるよね?」
「そりゃ、まあ。そうだね。」
「それと一緒!好きだから好きって直球で言ってもいいけど、どうせなら色々アプローチしたりとかデートしてみたりとか試行錯誤しながら、最終目標の恋人の関係になった方が思い出は一杯あるでしょ。まあ、いきなり付き合ってもそれはそれで良い思い出にもなるんだけど、好きをどんどんどんどん募らせてって、自分の体が好きで埋まっちゃうかもなんて思える程、私は時間を止めてでも好きでいたいの。私はね。」
恐らく、雷太の求めていた答えとは的外れではあるだろうがおおよそ桃の伝えたい事は理解出来たみたいで一区切りついたのか彼の顔色は少しばかり晴れていた。
「ありがとう、桃。正直、何言ってるかよく分からなかったけど、助かったよ。」
「でしょ~?これは私が心の底かららい君を好きだから出来る技なんだからね。そんじょそこらの馬の骨とは訳が違うんだから、いい加減付き合った方が良いんだよ~。」
半分、蔑んだ言い方をしていたにも関わらず桃は感謝の言葉しか聞こえなかったのだろうか、謙遜さえせず畳み掛ける様に愛を語るもんだから、雷太は薄ら笑いのまま固まり、そのまま聞こえなかった振りをして、再びアパートへと歩き出した。
この時ばかりは彼女の軽口が雷太の煮詰まった頭を冷ましてくれた、がその事には触れず彼女の見えない所で密かに笑っていた。
「ほら、早く帰るよ。」
笑みを消し疲弊した様な顔付きで桃に催促すれば、彼女は目を見開き、驚きで動きが止まる。
「らい君がデレた。」
そうして跳び跳ねながら喜ぶ彼女を余所に再度歩き出す。
何時までも無関心ではいられない。
桃が僕を好きだと言うなら、一緒に立ち止まってあげなきゃいけないと気付いたからだ。
でなきゃ、二人の距離はどんどんと離れていってしまい、取り返しのつかない事態に陥ってしまうかもしれない。
少なくとも、約束の日までは。




