第24話
何か不都合があれば直ぐ様喚き散らす桃の胸中には、今も幼き頃の彼女が残っていた。
それは苛めに耐え、ひたすらに我慢を尽くす彼女を雷太はその壁を破ってしまったからこそ、残留せねばならなくなったからだ。
仮の話をしてしまえば、彼が手を差し伸べなければ普通の女性になっていたかもしれない。
しかしながら、雷太は桃に希望を与えてしまったのだ。
思春期に出会っていたならば、こういう人もいるのだな位にしか思わなかっただろうが幼い頃の小さな世界では彼は唯一無二の存在となってのだ。
強烈な印象はずっと頭の中心に健在し薄れる事なく、何をしようにも彼を基準とした事象を考えてしまう。
だからこそ彼は誰の物なのではなく桃に希望を、活力を与える身近な存在にならなければならないと彼女はすがる思いで渇望した。
雷太に好意を抱く気持ちは確かに理解出来ると桃は美夜に対し共感するのだが、同時にざっくりとした不安も共存している。
美夜もまた自分と同じ考えなのではないか。
そう頭の隅に入るだけで自分を見失う程、心は混乱し取られたくない気持ちばかりが焦り、雷太に不快な思いばかりさせてきた。
呆れられるのは当然だし、嫌われるのも確実かもしれないがそれでも雷太が隣に居るだけで辛かった思い出は和らぎ、押し殺してきた自分が蘇る様な、開放的な気持ちにさせてくれる。
私にとっての唯一は誰かにとっても唯一であってはならない。
何故なら、一人増えただけで優劣は生まれてくる。
格差が生まれ、差別が生まれ、孤独が生まれ、信頼が崩れる。
らい君に出会うまで必死に一人で耐えてきたご褒美を神様は下さったと喜んだのも束の間、一緒に試練を置いていく神様をどう憎めばいいのだろう。
私を苦難から救って下さるのではなく、更なる苦悩を背負わせる鬼畜ぶりには脱帽してしまう。
気ばかり焦り、問題だけが山積みの中で答えなんか出る筈も無い。
兎に角、行動しなくてはと試みてもらい君の反応はイマイチで凄く困った様に接してきたから、私は更にアプローチを掛けた。
負の感情を抱く前に好意を芽吹かせる為に。
雷太に希望を授かってからの世界はその様相をがらりと変え、この髪は忌むべき物では無く、彼一人の為の拝むべき貴重な存在となり、恥じて隠す事なぞせず皆に見せびらかしてやろうと伸ばし始めた。
誰もが認めるのではなく、彼だけが認める物を所持している現況はおおよそ私だけが知っている秘密だなと考え、愚かにも優越感となり、染めた所で目立つ髪色は更に派手に、桃を際立たせた。
ただ、それを良しとしないのが学校という閉鎖された空間。
生徒や教師はまるで一蓮托生とでも言うかの如く、その場にそぐわない者には厳しく、持病だと説明しても奇異の目で見られる。
見られる程度であればまだ良かったのだが、大人の知らない所では悲惨なイジメが繰り広げられていた。
書くに及ばず、皆が想像出来る全てのイジメが彼女に降りかかり、孤独の中で壊れる一歩手前まで追い込まれても雷太がくれた希望だけが食い止めていた。
また会える事を切望し、それだけを生き甲斐にして、今までの生活を送ってきた桃にとって美夜の境遇は羨望の的だっただろう。
それほど凄惨な体験をしてきたからなのか、桃は雷太の言動について些か都合よく事実をねじ曲げるきらいがある。
彼に否定されるのを非常に嫌い、あってはならないとさえ結論付ける程、依存性は高まっていたからかもしれない。
その盲信さは客観視する事さえ儘ならない固定観念と繋がり、第三者の考えはおろか雷太の思考さえ読み取れない障壁とも変貌し、彼に距離を置かれれば置かれる程、桃の思考はぐちゃぐちゃに混乱していく。
婚約者と再会出来たのに何故嬉しくないのか?
婚約者がアプローチを掛けてるのに何故受け入れてくれないのか?
『何故』ばかりが積もりに積もり、未解決な事ばかりが山積みとなるのに一向に手掛かりさえ見付からない状況が桃を苦しめる。
雷太を閉じ込め、誰の目にも触れさせたくない衝動が何度も襲い掛かってくるのを桃は倫理観が集う現実では無く、約束や希望に満ちた仮定が食い止めていた。




