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それ、ホントに僕ですか?  作者: 海々深々魅々美
再開は決意を込めて
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第23話

話を遮る様にけたたましく着信音は流れると、いつの間にか消えていた騒がしい音の群れが一気に雷太の意識を周囲に逸らした。


瞳を充血させ不完全燃焼となった朝美は寂しげに彼へと視線を向けた後、何も言わず調理場へと戻っていく。


彼女の為す音が悲しげに聞こえるのは悲痛の叫びを聞いたせいだろうか、物憂げに浸る前にと携帯電話に目を向けるや、画面には白黄 桃と表示されていた。


雷太の現段階での仕事内容は夕食へと赴いてくる客層への準備である為、ある程度の時間の余裕があると判断し、通話ボタンを押した。


と言うよりも後々面倒事に巻き込まれる為、出ざるを得ないのが本音でもある。


「もしもし、らい君?」


「…あのさ、桃?今、仕事中だから後にしてくれない?」


あっけらかんとした口調で話す彼女に、雷太はこの時だけは憂いだ気持ちが和らぐも、弱みを見せれば其処から畳み掛けてくる為、突き放す様な言い方で通話を切ろうと試みた。


第一、雷太の後を尾行し更に客として居座っているのだから電話を掛ける必要性がない。


「らい君が給仕してくれないから退屈なんだよね~。」


「じゃあ、帰りなよ。」


厨房からホールを覗き見れる小窓から彼女の姿を確認するや 、彼女は足をブラブラばたつかせながら、ケーキを頬張り、ご満悦といった調子で笑顔で会話を続けようとしたので一方的に切り、着信音を無音に設定した。


「あれが雷太君が言ってた子?」


耳元で囁かれるハスキーボイスに驚きながら後ろを振り向けば、先程まで寂然としてた表情から一転し、妬ましげに瞳は険しく、顔色は優れない。


冷たい視線を浴び、彼は戦いたまま無言で首を縦に振り朝美から目を逸らした。


「ふ~ん。……ムカつくね?」


嘲笑し、そして笑みのまま悪口を言う朝美の姿は彼には一度も見せた事の無い黒い部分だった。


「どういう経緯で連れ立ってるのかは分からないけど、あの子は危なっかしく感じるな~。保身と言うか自己中と言うか、自分本意って感じがして、雷太君には似合わないよね~。それなのに、私が一番雷太君を知ってます!みたいな風吹かしてそうな。……ま、憶測でしか無いけどね。」


親の敵でも見るかの様な怨嗟の籠った目付きのまま笑う朝美に恐怖を感じた雷太はそそくさと仕事場へと戻り、再び作業を始めた。


「桃も僕のせいで立ち止まってしまったと思うんです。」


ある程度観察し終わった後に彼女は深呼吸をし、両手で顔をほぐし、腹立たしさや腹黒さを忘れようとしている途中で彼はそれを遮り、桃を擁護した。


「ホントに昔の覚えてるか覚えてないか分からない様な約束を今までずっと信じてたみたいで…。そのせいで彼女は…。」


「それは雷太君が決める事じゃないだろ!」


雷太のあまりの女々しさにも苛立ちが込み上げたのだろう、朝美はツカツカと近付き彼の俯いた顔を掴み上げ、盛大に叫んだ。


「みんながみんな、雷太君じゃないんだぞ。君には君の。わたしにはわたしの。美夜には美夜の気持ちがあるんだ!それを君の勝手な物差しで事が始まる前に切り捨てて良い筈無いだろ!……雷太君。道は前だけじゃないんだぞ。横にだって、斜めにだってある。たまには後ろを振り返って

みたり、立ち止まっても良いじゃないか。誰だって永遠と歩き続けられる訳ないんだからさ。」


雷太の燻っていた気持ちに燃焼材をぶち込むが如く投げ出された言葉に、大人の女性らしい達観して、心に突き刺さるな、と感動しかけたのだが。


「だから、雷太君。早く美夜と結婚して、わたしに甥っ子姪っ子を紹介してくれないかな?」


最後の頼み事が全てを台無しにした。


「あの子がライバルだと美夜では太刀打ち出来ないだろ?もう、婚姻届にはある程度、書き込んどいたから後は雷太君の署名と印鑑だけだから。一、二分で終わるから、な?」


この用意周到さは何だろうかと雷太は少し考えたが、直ぐ様朝美が先程言っていた科白を思い出し、納得がいった。


桃だけでも精神的疲労は激しいのに、朝美は肉体的にも精神的にも疲労する。


ぐいぐいと鼻息荒くして、何処から出してきたのか婚姻届を見せ付け、ボールペンを握らせようとした。


「朝美!いいから働きなさい!!」


しかし朝美の父の怒声により彼女は我に返ったのだろう、意気消沈しションボリ項垂れ調理場へと戻っていった。


ホッと胸を撫で下ろすのも束の間。


「雷太君。娘をよろしく頼むよ。」


置き土産を置いていく彼女達の父親の背中を見つつ、もしかして詰んでるのかな、と雷太は再び騒がしくなる厨房で危惧せざるを得なかった。

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