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それ、ホントに僕ですか?  作者: 海々深々魅々美
再開は決意を込めて
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第22話

「ははははははは。」


ホールの裏では笑い声が響き渡り、食事を楽しむ客は何事かと不機嫌そうに厨房の先を一瞥した。


おやつ時を過ぎ、今は軽食を目的とした入れ替わりの早い中で雷太は皿洗い等、雑用を中心に、長髪を後ろで団子にして結っている朝美(ともみ)は調理をメインに慌ただしくも楽しげに会話していた。


「いや、笑い事じゃないですよ。朝美さん。」


「ああ~。ごめんごめん。相も変わらず雷太君には厄介事が付いて回るね。」


皿がぶつかる音や炒める音、流水や排水の音、様々な音で囲まれてるにも関わらず二人が会話出来るのも携帯アプリの為せる技、イヤホンマイクを付け、遠くにいながらでも近くで話すのと大差ない、現代社会の良いところ。


我慢しきれなかったのだろう、くぐもった笑い声が聞こえ、雷太は呆れた溜息をつき、一区切りついた所で別の仕事へと取り掛かった。


「でも、良かったよ、同じ学校で。美夜も喜んでたでしょ?」


ここは忌之厄災駅の南口から徒歩で二、三分といった所にある結構な一等地にぽつねんと佇む、軽食喫茶『マロン・ド・ツインモールズ』。


喫茶と書かれているがほぼ、内装やメニューも定食屋寄りに近いかもしれないが、デザートや飲料、全てがほぼ手作りと言う手の込みようには感服せざるを得ない。


『マロン・ド・ツインモールズ』……まあ、意訳してしまえば、栗林である。


「ええ、まあ。……あれ?朝美さんに厄災高校に行くって言いましたよね?」


そう。


雷太は美夜、そして朝美の父親の経営している軽食喫茶で働いている。


彼は美夜との一件以来、親密に栗林家と関わり、何かお礼をしたいとの申し出にバイト先と下宿先をお願いした所、こうして高校に入学してから、再び絡む結果となったのだ。


桃の言葉を借りるなら、美夜もまた運命によって雷太と出会った事となる為、桃にとっては酷く迷惑な存在であるのは言うまでもない。


それも彼女とは比較出来ない程、雷太と美夜との繋がりは多岐に渡り、線も太いのだから敵視してしまうのも納得出来る。


「ああ、確かに言ってたね。でも、美夜が雷太君についての情報は言っちゃ駄目だって御触れが出たから。多分、美夜は心の底から嬉しかったんじゃないのかな~。」


朝美のシスコンぶりは年々激しさを増してるのか、口々に美夜は可愛いとか綺麗だとか、兎に角褒め言葉を連呼している。


一時間程前、部室ではまだ押し問答が繰り返されていた。


雷太と美夜とで桃を宥めようにも、二人が協力し合うのが癪に触ったのか一層、彼女の声は悲壮に満ちていく。


果ては駄々をこねる始末。


汚れようよお構い無しに床に転げ回り、足をばたつかせ、泣き喚き、二人を困窮させた。


雷太がどこにも入部しないという約束の下で喧騒は治まり、難を逃れた。


その話をかいつまんで話した途端に、あの笑い声である。


「わたしとしては雷太君は美夜と結婚した方が幸せになると思うがね。」


シスコンが故に、この妹推しが半端じゃないのだ。


「美夜は尽くすタイプだからね。気をつけるんだよ。」


何を?と聞いたら負けな気がするのは思い違いだろうか。


この忌之厄災市では含みのある言い方をするのが流行っているのだろうか。


僕を陥れようと画策してるのが見えてしまう。


「父さんも雷太君の事、気に入ってるみたいだし、もう結婚したも同然かな?」


「いやいや、美夜先輩の気持ちもあるでしょう。」


キャベツを千切りしつつ、レスポンスよく出た言葉に朝美は思わせ振りな笑みをして雷太に近付いた。


それは嬉しそうに、待ってましたと言わんばかりに彼の気持ちに揺さぶりを掛け始める。


「と言う事は、美夜さえ良ければ雷太君は結婚してくれると捉えて良いんだね?」


「今のは言葉の綾と言うか…。」


「美夜はあんな事があったせいで自己主張しない大人しい子にはなったが、家では何時も君の話ばかりしてるぞ?」


「僕はそんなつもりで関わった訳じゃ…。」


「雷太君の正義感とやらを美夜に言ったらしいね?」


「それは…まあ……そうですけど…。」


「美夜はそれに準じようと頑張ってたよ。君とずっと居たくて、君にもっと好かれたくて。」


「僕は邪な思いで美夜先輩に声を掛けたんじゃなくて…。」


「知ってる。でも、結果はこうなったんだ。だから、わたしも出来るだけ美夜の手助けをしたいんだ。」


「………。」


「雷太君にもっと美夜の事を知って貰いたいからうちで雇って、長い時間美夜と過ごして貰いたいから下宿先を探した。」


「それは…ありがとうございます。」


「美夜の事、褒めたんでしょ?辛かろうと嫌な顔せず、尽力する美夜の大人びた気持ちの太さとか、好きな事に突き進む純粋な心とか……それを雷太君は今になって否定するの?」


昔の恥ずかしい出来事をつつかれ、耳まで真っ赤に染まる雷太だったが、朝美の言葉は確かに胸まで届く美夜への想い。


大学生の遊び盛りと勉学の多忙さで妹の些細な変化に気付けなかった罪悪感を雷太が軽減してくれていた事を彼は知らなかった。


だから、朝美の妹への熱い想いは押し売りの様に聞こえる。


その齟齬が雷太の気持ちにブレーキを掛けた。


調理を中断してまで食って掛かる朝美の目を見据えて彼は反論する。


「違うんです。今の美夜先輩だってとても素敵ですよ。」


「なら!」


「ちょっと待って下さい。素敵ですけども、今日会ってみて分かったんです。もしかしたら、僕のせいで美夜先輩を立ち止まらせてるんじゃないかって。」


「どういう事?」


「ホントは随分前から、何となくですけど好かれてるってのは分かってました。僕の前だと色々気にしたりとか、落ち着きが無かったりとか。だから……。」


「駄目なのか?」


朝美は悲しそうに目尻を下げ、恐る恐る聞いてきた。


「立ち止まってでも好きになっちゃ駄目なのか?」


体を震わせ、鼻を啜り、目尻に涙を浮かばせ、彼女はまるで初めて会った美夜の様に弱々しく見えた。


「立ち止まってでも好きになるからこそ意義はあるんじゃないのか?」


僕にその答えを出す勇気は無かった。

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