第21話
定員数に満たない部活は同好会や研究会として顧問はおろか部室と呼べばいいのか、不要品の詰まった湿気臭い倉庫が割り当てられていた。
五十嵐教師の実力主義と例えたこの高校ならではの処置だと納得できるが、それでも酷い仕打ちであると雷太は扉に貼られた紙の掲示を見て複雑な気持ちと共に美夜への感情も甦った。
桃は退屈そうに廊下の手摺に腰を下ろし俯き加減に右足を前後させる。
生徒が犇めく筈なのにこの辺りは静かすぎる程で妙に緊張感を伴うのは彼女に久し振りに会うせいだろうか。
あれだけ一緒の時間を過ごしていたのにノック一つするのに躊躇ってしまう。
「もしかして雷太君?」
いざ勇気を出してノックしようとした矢先、横から聞こえてくる声は懐かしく弱気な声色。
挙動不審で瞳を隠そうと伸ばされた前髪、後ろ髪は大きな三つ編みに施され、通学鞄とは別に右脇に挟まれた怪しげな雑誌。
「栗林先輩、お久し振りです。」
美夜を見ていると中学生の頃の気持ちが押しでるや自然と笑みは零れ、雷太は優しく挨拶する。
その後ろで桃は静かに姿勢を正し、詰まらなそうに閉じかけていた瞳は敵意を帯びて開かれた。
美夜は喜ぶべきなのかたじろぐべきなのか分からず、ひきつった笑いでそそくさと近づき、倉庫の鍵を開ける。
「約束、覚えてくれてたんだ。」
彼にだけ見えるように砕けた笑みを見せ、隠された瞳は嬉々と潤い輝く。
「ええ。」
雷太は短く返事をし、美夜の後を追い、埃が舞う倉庫へと足を運んだ。
勿論、桃も後を追う。
桃はこれ見よがしに咳払いをして、手で口を隠し、訝しげに表情を歪ませ美夜に嫌がらせをした。
彼女は愛想笑いをしながら小さな窓を開け、最善を尽くすも桃は追い打ちをかける様にパイプ椅子に積もった埃をハンカチではたき、更に舞わせる。
「桃、邪魔するなら帰れば?」
あまりの無礼さに雷太は桃に刺々しく言い放つや、彼女は悲しさと悔しさに顔を歪ませるも、大人しく座り、沈黙を通したままじっと美夜を睨み付けた。
「ご、ごめんね。お茶とか何も歓迎出来る物が無いけど……。」
「いやいや、大丈夫ですよ。先輩の元気な顔が見れただけで充分です。」
申し訳なさそうにしながら、桃の様子をチラチラと見て、怯えで体が丸く縮まり、以前の薄幸な印象が再発してしまった。
それと平行して、桃もまた今にも愚図りたそうに頑なに閉ざされた口が震えだし、目元には涙が浮かぶ。
二人共、いじめられっ子と言う共通点があるにも関わらず相容れずにどちらが雷太を独占したいか、そればかりが彼女達の関心事。
「………だ。」
彼女達にとって気まずい沈黙の流れを遮ったのは、手の甲にポタポタと涙を落とす桃だった。
「やだ…絶対やだ!らい君は絶対に渡さないから!」
すかさず立ち上がり、雷太に抱きつき歯を剥き出し、美夜に威嚇し言葉は続く。
「私はらい君がいたからこそ、今の私があるの。……らい君がいなかったら、そう考えただけで私オカシクなっちゃう。だから、もう絶対に離したくないの、絶対に。」
「わ、私は別に雷太君を奪うつもりじゃ…。」
泣訴する桃の姿はまるで昔の自分を見ている様な錯覚に陥り、断言しようと出た言葉は尻窄みとなり、却って桃の不安を逆撫でしてしまう。
感情を露にしてまで伝えたい事を誰よりも理解出来てしまう同じ境遇の美夜にとって、彼女の言い分は胸に深く突き刺さり、隣り合わせにある孤独感が痛い程分かってしまった。
苛められ、誰かを信じるなんて到底できない疑心は心に常駐し、言葉としての証明よりも物的な、見える物が自然と欲しくなった。
だからこそ、美夜がオカルトに夢中になるのは必然だったのかもしれない。
誰かは見える、しかし自分は見えない。
この事実が彼女には怖かった。
本当はみんな見えているのかもしれない。
この確かめようのない不確定要素は人とは違うと言う疎外感へと変わり、美夜が誰かと接しようとしても大きな壁となり妨害した。
「絶対ウソだ。」
言葉が詰まり沈黙した美夜に冷たく吐き捨てた言葉。
美夜は苦笑して、何も言い返せない自分が格好悪くて、恥ずかしくて、先輩面して雷太を引っ張り回したあの頃が酷く懐かしくて、また戻りたかった。
陽の当たらない倉庫は湿気ていてこの時期では寒い位なのに彼に抱き付いたままの桃の体は安心する温もりに包まれているみたいだった。




