第19話
高校へ向かう道中はまだ序の口、休み時間は当たり前に、昼食時ですら当然の様に隣に座り、人の目は鑑みず、クラスメイトとの触れ合いも必要最低限に留め、桃は徹して雷太を最重要として日常のサイクルを送っている。
視線の先に彼女が立っている現状に彼が何ら違和感を感じなくなったのは感覚が麻痺したからなのか。
彼女が隣に座れば机の下で手を繋ぎ、露骨に体を密着させるのを苦笑いしつつ受け止めていた。
「ねえねえ、らい君。らい君は部活何にするの?」
何時の間にか恋人握りに変わっている桃の右手は雷太の左手の甲を楽しみながら蠢き、彼女の左手は太腿をまさぐり、身を乗り出し上目遣いで聞く姿は正に一級品ではあるものの、瞳に宿る悶々とした潤いがそれを台無しにしていた。
流はそれを対面に座っている為か、見下ろす形で彼女の首筋からワイシャツから微かに覗く鎖骨をチラ見している。
嗚呼、鼻を伸ばすとはこういう事なのかと呑気に眺めていると、鼻と鼻がぶつかりそうな程近くに彼女の顔は迫り、「らい君」ともう一度呼ばれた。
昼食後の休憩時間位、少しは1人になる時間はあっても良いだろうにと頭でぼやく彼は、少し悩むふりをして視線を下に落とした。
「特にやりたい事も無いしなー。」
朝のHRで5、6時限を高校の行事等々の説明会があると言う話からクラス内でも、そうした話題で盛り上がり彼らもまたご多分に漏れず、会話していた所でのこの話題。
雷太にとってはあまり嬉しくない話題ではある。
「ならさ、私と一緒にソフトボール部に入ろうよ。らい君は私専門のマネージャーとしてさ、ね?」
「うーーん。」
渋る様な返事をしたものの、まず運動部は選択肢にない。
「桃ってソフトボール上手いの?」
雷太は喋りながら朝のHRに配られた学校新聞を机から恐る恐る取り出した。
「わ、私、めちゃめちゃ、う上手いんだよ。本当、選抜に入ってもおかしくない位なんだから。」
興奮しながら話す彼女を横目に、雷太は一面に書かれた新入生歓迎の言葉や厄災高校ならではの校則と部活紹介についての特集記事を読んだ。
二面、三面と続く部活紹介、その中で彼は文化部の項目に目を通した。
………。
雷太はそっと新聞を閉じ、じっくり言葉を考え、慎重に桃に伝えた。
「悪いけどさ、もう先約があるからソフトボール部は諦めてね。」
そこにはオカルト研究会 会長 栗林 美夜の文字が刻まれていた。
「何で!?」
彼女は食い気味に問い掛け、訝しげに口を曲げ眉間にシワを寄せ、目を細め睨む。
「だから、ずっと前から約束してた事だから……。」
「もしかして、あの栗林先輩に関係してるとか。」
明らかに口調が低くなるや流は居心地が悪そうにして、ゆっくりと静かに席から離れていく。
ばつが悪そうに顔をしかめ、雷太に目で謝り、そそくさと自分の席へと戻っていく後ろ姿を眺めつつ、彼女の言い方に少しだけ腹が立った。
何の面識も無いのに邪険に扱い敵視する棘のある言い方に桃の無頓着さと言うか、執心が過ぎる態度が嫌でも目についた。
「良いよね。栗林先輩は。ず~~っと、らい君の側に居れたんだから。手離したくない気持ちも分かるよ。でもさ、私だってらい君を離したくないんだよ?」
桃の瞳は吸い込まれてしまいそうな潤いを纏い、その奥で輝きが闇へと呑まれていく。
表情は欠落し、綺麗な顔立ちがのっぺりとして、その黒く澱む眼だけが浮き彫りとなる彼女の変化が如何に栗林を毛嫌いしているかが明白となった。
「まだ、僕が桃の知ってるらい君だと決まってないだろ?」
「……そうだけど。………絶対、らい君だもん。」
彼女がどれだけ嫉妬しようがまだ決まっていない事。
桃が渇望してるかが、憔悴してるかが、彼女の感情の起伏となり奇行となり雷太を困らせる。
「兎に角、僕は約束どおり会いに行くからね。」
雷太が宣うと同時に予鈴は鳴り、クラスメイトは各々席へと戻る。
桃の言葉を遮る様にざわめきが邪魔をした。
春の風が窓から心地好く吹き流れてくる。
生い茂ようと太陽に向かい伸びる草花の香りがクラスに舞う中で桃は1人、孤独が心を閉ざしていた。




