第18話
それは僕の中での消したい黒歴史。
カッコつけたいとかモテたいなんて、そんな軟派な考えじゃなく、心の底から正義とは何かを考え、信じ続けた。
怖さとは得体が知れないからこそ、気持ちを不安にさせるものだと、僕は幽霊や怪物の恐怖を定義して克服しようとした副産物として生まれた、謂わば勧善懲悪が無意識に染み付いた。
正体が知れれば怖くないと、心の油断の隙間を科学で埋めようと映像や書籍を漁り、立ち向かおうと努力すればする程、胸に蟠る正義が昂る。
警察官とか自警団や自衛隊、そうした者に成りたいのではなく善き行いをすれば、悪しき者は寄り付かないと結論が出たからこそ、僕は何を思ったのか栗林先輩をイジメから助けようとした。
非常に烏滸がましいのは承知の上。
でしゃばりと言われてもおかしくない。
でも、何故か助けずにいられなかった。
何が正義で何が悪かなんて人それぞれ。
それを押し付けてしまったから、栗林先輩は変わった。
僕の思わぬ方向に……。
先輩の名前を言ったのは何時以来だろうか。
彼女が卒業してから連絡は一切していないし、友人も察してかその話題には触れなかったから、かれこれ一年近くになるのだろうか。
ふと、自分の行いを俯瞰で捉えると顔から火が出そうな勢いで恥ずかしさが込み上げてきた。
「雷太君に心配されないようにわたし頑張るね。」
栗林が彼に言った最後の言葉には別れと決意とが混ざり、彼の責務を解こうと泣きべそをかきながらも無理矢理笑って見せた。
桜がまだその花びらを見事に開かせようと、じっと待ちわびる木の下で、肌寒い風が栗林の髪を乱暴に振り乱す。
前髪では隠しきれない大きな瞳から大粒の涙を溢し、口を戦慄かせても先輩らしく強がって見せる姿に雷太もつられて悲しさが込み上げた。
卒業証書の入った筒をきつく握りしめ、彼女は咽ぶ呼吸を必死に整えようと息を吐き出した。
「でも、これだけは言わせて。」
そして、右手の袖で乱暴に涙を拭うや大きく鼻を啜り、一呼吸し栗林は汐らしく弱気に彼に伝える。
「何処の高校に行くかは言わないけど、もし部活表にオカルトの文字があれば遊びに来て。頑張ってるわたしを見に来て。」
彼女らしい頼み事に雷太はその彼女らしさに安堵の笑みを浮かべ「勿論、行きます」と答えた。
栗林もまた彼の答えに震える唇を不器用に微笑ませ、第二ボタンを差し出した。
……。
こんな青春じみた事、絶対誰にも言えない。
特に桃には言えない。
いや、言っちゃ駄目なやつだ。
栗林先輩に何かしらの危害が加わる可能性は低いかもしれないが、それでも桃が一体何を仕出かすか分からない。
だからこそ、今は栗林先輩と同じ高校じゃありませんように。
そう願い、桃の後ろを付いて行く。
しかし、ふと桃が口癖の様に出る言葉『運命』が頭を駆け巡れば、忽ち嫌な予感やら不安な気持ちとかそうした負のスパイラルが雷太の顔色を青くさせ、血の気さえ引かせた。
桃の何がそこまで雷太に執着するのか、未だに探りきれない深淵には一体何が潜んでいるのだろう。
笑顔の裏に隠された桃の秘密が垣間見えない程、彼女の心は厚い壁で守られている。
きつく握られた手が彼女の気持ちを勇ましく体現し、高校へと突き進む姿はどんな高い壁でさえ乗り越えてやると決心している。
でも、僕は思う。
ホントに僕か、確かめてからアピールすれば良いのに、と。




