第16話
どうしよう?
まだ家から出てすらいないのに、体に纏わり付くこの疲労感は、一体どう剥離させれば良いのか。
スクールバッグの中から異様な存在感を漂わす、ピンクの弁当箱を忘れたフリをして桃から見えない所に隠せばいいのか。
または筆記用具が全て彼女の物と入れ替わっているこの筆箱の中身を元通りにすればいいのか。
それとも制服のポケットに押し込められた、可愛らしいハンカチを藍染でもして渋くしてしまうか。
それか、このアパートから引き払い実家から長時間かけ登下校するか。
若しくは何処かが爆発して強制的に離れなくてはならない状況になればいいのに。
この際、地球が滅亡してくれないだろうか。
タコ型の宇宙人がきらびやかな宇宙船に乗り、空から侵略し殺人レーザーを照射し、人々を骨のみにしてしまわないだろうか。
健全たる高校生にとって、桃の無警戒且つ無邪気な距離感は理性を極めて不安定なものにさせる。
雷太の劣情もかなり危うい部分にあった。
これが彼にも約束した記憶があったなら、恐らく彼は獣になっていたかもしれない。
しかしながら現実は記憶など無く、その二人との齟齬の気持ち悪さが劣情よりも勝っているのだから、ただただ疲れるだけだった。
そりゃ、思考もフィクション混じりに逃避したくもなる。
この1日、2日と雷太には非現実な出来事ばかりが起きている。
それもラブロマンス系統の出来事が。
「らい君と登校~。嬉しいね~。らい君と登校~。楽しいね~。フフフ~。」
横でスキップをしながら、変な歌を歌う桃の髪の毛は滑らかに波を打ち、太陽に照らされ煌めいていた。
雷太を通り過ぎたと思いきや、綺麗にターンし、小走りで戻ってくるや歯を出し照れ笑いする。
右手で両目を覆い隠す雷太。
ヤバい。
スッゴク可愛い。
認めたくないし、あざといけど、可愛いのは確か。
過激なスキンシップで感覚が麻痺してるのか?
純粋に嬉々とする姿にただ素直に桃はやっぱり女の子なんだなと感じる反面、桃の何に可愛いと思うのか分からなくなってきた。
女の子らしさであれば、女性であれば誰しもが持っているものなのだから、惚れやすい性格なのかと疑念を抱くもそうじゃない事はこれまでの人生が否定している。
なら、ギャップ萌えと言うやつなのか?
桃の策に溺れているのか?
「何だ何だ?らい君。もしかして欲情しちゃってる?」
卑しく瞼を歪ませ、奥に潜む淫らな瞳を輝かせ、ここぞとばかりに体を密着させる彼女に、雷太の迷える心は一瞬にして出口を見つけ、怪訝に眉間を歪ませる。
「いや、無いから。」
桃に抱く女性像と現実との落差に、雷太のふとした疑問は全て、考えるに値しないと結論付けられた。
そう、これは気の迷いと言うよりも雑貨を見ている様な感覚に近い。
欲しいかもしれない。
でも考えれば考える程、これはホントに欲しい物なのか。
そんな危うい感覚が桃に付いて離れない。
「あ!そうそう。流君に聞いたんだけど、らい君って結構浮わついた話、多いよね?」
若しくは時限爆弾かもしれない。
「え?そんな話してた?」
雷太に自覚が無いのだから、どうにもピンと来てないようで、いまいち話の趣旨を読めずにいた。
「昨日のお昼に、らい君お手洗いに行ったよね?その時、流君と情報しゅ……連絡する為にアドレス交換したの。」
聞けば聞いただけ、彼の頭にはクエスチョンマークが飛び交っていく。
あれだけ一緒の時間を過ごしていたのに、何処にそんな余裕があったのか?
況してや彼女が携帯電話を弄っている姿さえ、見なかったのだから不思議は募るばかり。
険しく唇を閉ざし、斜め上を見つめ記憶を辿るも思い当たる節は見つからない。
「例えば?」
「そうだねぇ。例えば、李ちゃんと婚約を交わした事とか、中学生の時に先輩と付き合ってたとか……。その先輩に関しての話はいっぱいあるみたいだね?」
その話を聞いた途端、今度は左手で顔の左半分を覆い隠し、何度も訂正したのにまたか、と悩ませた顔をして桃には初めてだが再三言ってきた事を言う羽目になった。




