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それ、ホントに僕ですか?  作者: 海々深々魅々美
再開は決意を込めて
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第15話

台所から漂うコンソメの西洋溢れる、食欲を誘う香り。


フライパンの上で小刻みに踊る目玉焼きとベーコンの美味そうに弾ける音。


オーブントースターには厚切りのパンが焼かれ、視覚、聴覚、嗅覚を難なく雷太を朝食の世界へと誘う。


鼻歌混じりに料理する桃の背中は幸せが目に見える程。


寝間着を腕捲りし、エプロンを着ける彼女の姿を間近で見守る雷太の心は既に、あの警戒心を忘れ去るまでに馴染んでいた。


時間はまだ朝の6時過ぎ。


雷太は自然と欠伸をしながら窓の外を一瞥する。


彼女と再会して、1日と経っていないこの関係は、あらゆるステップを飛び越え、いきなり朝食を作って貰ったりと少し行き過ぎてるとは思いつつも、自分の家事能力では到底実現し得なかった、夢のような朝食に心は踊らされていた。


なんだかんだで食欲には敵わないな、と自分の心の中で強がってみると次第に、自分は何て意思の弱い人間なんだと自己嫌悪に陥りそうだったので、これ以上、深くは考えなかった。


「よし!出来たよ~。」


桃は嬉しそうにトレーに料理を乗せ、小躍りをしつつ、雷太の所まで運び歩く。


雷太は無意識に喉を鳴らした。


調理自体は簡単なものであるがそれをどう彩るか、そこが雷太と桃の差だろう。


「ヤバい。美味そう。」


「でしょでしょ?なんたって、らい君への愛が沢山入ってるからね。」


などと言いながら、一向に雷太の方へトレーを寄せず、対面に座る彼女はナイフでパンを一口サイズに細分している。


その様子を見るや、彼の心中に再び嫌な予感が渦巻いた。


「そ、それじゃ、頂こうかな。」


雷太は急ぎ気味に言葉を発し、腕を伸ばし掴もうとするも桃は狙った様に彼の手を握り、恋人繋ぎにしようと蠢かせる。


ならば、反対の手でとも考えたが彼はそこで動きを止めた。


「らい君、どうしたの?」


「いや、朝ごはん食べたいなーって。」


はい、と彼女は返事し、もう片方の手に握られたフォークでパンを刺し、口をゆったりと開きながら彼にパンを差し出した。


「妻である、私の仕事の1つ、らい君に食べさせる事。」


「…まだ、結婚してないよね?」


空いた手でパンを鷲掴みにしようと試みれば敢えなく躱され、不満な面持ちのまま再度、彼の前にパンを突き出した。


「らい君、結婚してないからとか、付き合ってないからとか、そういう未満の関係の人はしちゃ駄目なの?」


「そういう含みのある言い方止めてくれる?」


頑なに食べず、じっと桃を見詰めるとやきもきしたのか、フォークが握られた手を大袈裟にテーブルに落とし、論点をずらしに掛かる。


「貧乏人は金持ちの振りなんかしないで貧乏人らしくしろって事?」


「いや、そうじゃなくて……。」


「好きな人に振り向いて貰いたくて一生懸命アピールしてるけど、そもそも振り向く隙すら無いから諦めろって事?」


「ちょっと待って!」


「今、すっごくキスしたいんだけど、付き合ってないからしちゃダメなんでしょ?」


「色んな論点を織り交ぜるのやめてよ。」


嗚呼、熱く語る桃を如何にして宥めるか?を考えた場合、否定する事は真っ先に選択肢の内から消えてしまった。


彼女はズル賢く、否定にも肯定にも反論出来る隙間を作り上げた。


いや、でも待てよ。


よくよく考えれば嫌われる事を前提に捉えれば、否定すべきなのかもしれない。


そもそもが不確定要素の上で成り立っている現況なのだから、僕が勘違いを起こす前に早々と断ち切ってしまうのが一番なのでは?


もし、僕が桃と付き合った後、『本物のらい君』が登場してきたとしたら桃はそっちの方へ行ってしまう可能性だって有り得る。


そうなったら、簡単に捨てられるだろう。


僕の恋心はズタボロにされ、トラウマになる事間違いなし。


ならば、善は急げだ。


「そうだね。そういう資格が無いんだから、しちゃ駄目だよね。」


「だったらチャンスを頂戴?」


「え?」


「だから、恋人になれるチャンスを私に頂戴って言ってるの。誰にだって、希望とチャンスと可能性は有るんだから、くれたって問題ないよね?」


してやられた。


教育施設で言う、願書とか推薦みたいなものか。


「それとも、夫婦の真似事で我慢する?」


そうか。


雷太は既に桃の術中に嵌まっていたのだ。


彼女は気まぐれで動かず、その場しのぎで答えず、幾重にも彼女が優位となる様に彼を動かし、徐々に距離を詰めていく。


ここで真似事で我慢する事で収めようものなら、この先に待つものは雷太にとっては苦行である。


かと言ってチャンスを与えれば、猛烈なアピールが続き、これまた地獄である。


だからと言って、チャンスを与えなければ、彼女は曲解し、ますます泥沼にはまる。


そうして考えている間にも二人の手と手は握り続けている。


それさえ雷太には日常となりつつあると言うのに気付けなかった。

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