第13話
雷太は一階へと降り、木造アパートの隣に小さく佇む一軒家へと足を運んだ。
「すいません、大家さん。すいません。」
引き戸の玄関を軽く叩きながら、夜勤の準備をしてるであろう大家を呼ぶ。
木造アパートながら、内部はしっかりと改装し、風呂、トイレ完備の1Kなんてこの外見から誰が想像つくだろうか。
なのに、自宅のインターホンの電池は取り替えていないズボラさが大家の人物像を不思議にさせる。
「はいよー。」
間延びした声と共に玄関から現れた大家の姿はバッチリ化粧を済ませ、肌の露出の多いスーツを着て、煙たそうに目を細め、煙草を燻らしたいた。
「どーした?雷太君よ?」
限界まで開かれた引き戸の間を陣取る様に両肘を戸と竪桟に当て、面倒臭そうに突っ立っている。
「あんな可愛い子、こんな所に住まわせちゃ駄目ですよ、大家さん!」
雷太は分かりやすく、自分の部屋の隣を指差し、文句を垂れたのだが大家は即座に彼の頭を掴み、徐々に力を加えていく。
「こんな所って何だ?ええ?ボロいってか?可愛い子には似合わないってか?」
狐に摘ままれた様な一時を過ぎ、今度は怪力で頭を摘ままれる一時はどちらも大した時間など掛かっていないのに体感時間は酷く長いように錯角した。
あの後、絶対に何か起こってもおかしくない雰囲気を桃は自ら、ぶち壊しお茶会だけして帰っていった。
焦っていないと余裕ぶりを見せ、尚且つ疚しい事ばかり考えていないのだと伝えたかったのだろう、雷太は不覚にも胸の昂りを抑えられず、彼女を素直に可愛いと思ってしまった。
「じゃなくて!痛い。こんな素敵なー!アパートにぃぃ!女の子一人で住んでたら危ないと言いたかったんですー!」
「お前が居るじゃん。はい、万事解決。」
煙草を吹かし、空いてる手でゆっくりと灰を玄関の外に落とす。
ようやく、解放された雷太は今も掴まえれた部分がジンジンと痺れながらも大家の反論に納得出来ずにいた。
「お前ら二人共、仲良いだろ?さっきまでお前の部屋でイチャコイてたろ?」
「イチャコイてなんか無いです!」
「いいえ、イチャイチャしてました!!。」
何故、彼女は事態を余計にややこしくするのだろうか。
あれだけ、叫んだりしたのだから懸念すべきだったのかもしれないが、大家と話を着けて桃と幾らでも距離を取る方が大事だと決めつけたのが失敗だった。
「大家さん、お仕事頑張って下さい。」
「良い子だね、桃ちゃんは。お礼に桃ちゃんの隣の部屋の合鍵を上げましょう。さっきも、雷太君は桃ちゃんの事、心配してるみたいだから、ね?雷太君?」
改めて他人の口から言われると後悔よりも恥ずかしさの方が上回り、彼は耳まで赤くして俯いたきり言葉を発せず、自身の軽率さを嘆いた。
「いやー、初だね。こっちが恥ずかしくなるわ。」
苦笑いを浮かべた大家は頬を手で扇ぎながら、奥の部屋へと消えていく。
代わりに桃が玄関の引き戸を閉め、雷太の顔を見ようと体を傾け、上目遣いで覗き上げる。
「らい君、ご飯食べよ?」
朗らかに笑う彼女は右手を差し出しす。
雷太はその手を握り締めようとした瞬間、ある事に気が付いた。
「って、騙されるか!」
大家と桃が作り上げた青春の雰囲気に危うく流される所だった。
「別に騙してないよ。」
何に怒ってるか分からない雷太に桃はキョトンと、首を傾げ、 右手を尚も彼に近付ける。
「手なんか繋がないよ……って、何で僕の部屋の灯りが点いてる?」
「何でって、らい君のお部屋で一緒に食べるからでしょ?」
彼女の嫌な予感しか無い言葉を背に受け自室の扉を開けば、そこには夕飯の支度が整い、料理の品々が放つ匂いに彼の胃袋が誘惑される。
しかし、それに惑わされてはいけない。
よーく周囲を観察してみれば、桃が仕掛けた罠がそこかしこに張り巡らされてるからだ。
いつの間にか歯ブラシは2本になってたり、夫婦茶碗になってたり、枕も増え、衣装ケースや靴と日用品は目立たない様に置かれていた。
「不束者ですが、よろしくお願いします。」
これから始まる、桃との生活。
僕の記憶が思い出す前に、籠絡されるのではないか。
そんな気がしてならない。




