第12話
私の髪の毛の色は、それはそれは珍しい色をしている。
他人が見れば、絶対に染めただろ、と言われても不思議じゃない自然には似つかわしく色。
遺伝子上での変異だったか、それとも此処、忌之厄災市の怪異か、私は生まれつきこの色合いだった。
ただ此処では割りと、ちょっとした異変というのが多いらしく、大して驚く事柄ではないらしいのだが、寛大に受け止めてくれる訳ではない。
だから両親は度々、幼い私の髪を黒に染め、普通に仕立て上げた。
でも髪の毛が伸びれば、当たり前の様に地の色は浮かび上がる。
あんなに仲良く遊んでた筈なのに、不良だとか毒キノコだとか蔑み、離れていく。
両親にお願いした所で毎日染髪する余裕なんて無いと言われた。
だから、私は、この髪の毛が嫌いだった。
らい君に会うまでは。
「こんにちは~。らい君居ますか~?居るよね~。早く扉開けて~。」
隣室に住む彼女は、別れて数分もしない内に雷太の部屋をノックしていた。
一応の事を考え、施錠をしたのが功を奏し、遠慮なくドアノブを回し続ける桃の侵攻を食い止めてはいるが、近所迷惑も甚だしいまでに大きな声で雷太の平穏な生活を妨害していく。
「婚約者が扉の前で待ってますよ~。早く入れてくれないと寂しさで死んじゃいますよ~。このままだと、大家さんに言って合鍵貰っちゃうよ~。あ!それ、いいかも……。………貰お。」
悪知恵が働くと言うのか、桃は良からぬ事を直ぐ思い付く節がある。
雷太は急いで扉を開け、階段まで後少しの所まで歩いていた彼女を引き留めた。
「ごめんごめん。ちょっと、部屋片付けててさ。」
「…嘘だね。だって、部屋から物音なんて全然聞こえなかったよ。」
やや斜に構えた笑みで彼に問い詰める桃はゆっくり近寄り、彼と扉の隙間から顔を覗かせ、部屋の状況を確認した。
「ほらね。」
「で、何の用?」
雷太の脇を通り抜け、部屋を眺め歩く桃に質問した。
別段、内装なぞ同一であるのだから見て歩く必要もないのだが、彼女は頻りに何かを探してるかの様に注意深く、視線を動かしている。
荷ほどきもまだ済んでいないこの部屋は、まだ段ボール箱が散在し少しばかり雷太は恥ずかしさが込み上げてきた。
「ちょっと買い出しに行かない?」
「行かない。」
最後に冷蔵庫の中身を確認した彼女は深く溜息を溢す。
母性本能を擽られたのか、気合いたっぷり、腕捲りまでして、意気揚々と出た提案を雷太は即、断りを入れた。
「じゃあ、夕御飯はどうするの?」
「バイト先の賄いで済ませるから大丈夫。」
「バイト先って?」
「近くのて…。」
「て…?」
滑らかな動きで簡易テーブルを設置し、台所へ向かいヤカンに水を入れ、ガスコンロに火を点け、静かにヤカンを五徳の上に置く。
余りにも自然な動きに惑わされ、雷太はテーブルの上座に座り、桃の後ろ姿を遠目で眺めながら、彼女の質問を受け答えしたが、はたと我に返った。
彼女は恋人でもないのに、こうしてもてなす素振りを見せられると体が勝手に動いてしまう。
50度前後に沸かされたお湯をまず、コップとティーポットの入ったボールに注ぐ。
「お家から近いの?」
彼女の問いかけに口を塞いでいると、質問はより限定的となる。
「賄いがあるって事は飲食関係って事だよね?」
コップが温まった所で、今度は90度前後に沸いたお湯を耐熱ガラスのティーポットに注ぎ入れる。
ティーポットの中にはダージリンのセカンドフラッシュ。
勢い良く入れたお湯で茶葉は弧を描く様に舞っていく。
注ぎ口を閉じ、2分程、蒸らす。
「高校生が働ける時間は凡そ、3、4時頃から。おやつ時を過ぎた辺りでバイトが必要な程、忙しい飲食店だと考えると、チェーン店か人気店。バイトが欲しいと言う事はお店自体も席数、若しくは敷地が広い。」
桃は推察しつつも、茶漉しをコップに乗せ、空気を含ませながら紅茶を注いでいく。
彼女はその濃厚な香りに蕩けながら、お盆にコップを2つ、紙パックの牛乳、それとポケットシュガーを乗せ、テーブルの上へと置いた。
「本当なら、色々拘りたいけど、お手軽な方が親近感湧くよね?」
「ダージリンはストレートでしょ?何で、牛乳?」
「甘いよ、らい君は。」
紅茶を一口飲み、舌鼓を打つ彼女と共に雷太も紅茶を啜れば、そのジュースとして売られる紅茶と如何に掛け離れた、その紅茶本来の芳醇とした香り、そして飲んだ後も喉や鼻に残る残り香の驚きに目を丸くした。
それを見た彼女は不敵に笑い、人差し指を顔の前で横に振る。
「どんなお茶でも牛乳との相性はバッチリなんだよ。緑茶、抹茶、烏龍茶、ほうじ茶、麦茶、紅茶。ダージリンだとうとアッサムだろうと関係ないんだよ~。」
そう得意気に話した後、彼女はコップをテーブルに置き、ゆっくりと膝で立つ。
「らい君も一緒。」
熟した瞳と上気した吐息、それらが雷太の太腿を挟み込む様に跨ぎ、彼の両肩に手を置く形で目の前に現れた。
温かな紅茶で身も心も安心に包まれていたのが運の尽きか、気付いた頃には雷太の頭は桃の髪の毛で覆われている。
シャンプーの匂いに混じり、彼女の甘い香りもない交ぜとなるその牢獄は雷太の心を揺さぶる、魅惑の色香。
「らい君は牛乳なの。誰とでも相性が良いの。だから、気が気じゃないの。」
桃の柔らかな手が雷太の頬を優しく包み、おでこ同士をくっ付けた。
彼女の吐息はダージリン、それが鼻を抜け、喉を越える。
酩酊した様にクラクラとする香りと生暖かな空気に雷太は抵抗する気力が削がれている事に気付けず、桃の突飛な行動に驚き動けずにいると勘違いしていた。




