第109話
最近は叔母である美月の家での寝泊まりが増え、なんとなしに良い雰囲気であれば雷太の部屋にお邪魔していた美夜も流石に蟠る気持ちを解す為、今日は自宅へと帰っていた。
桃が変化を受け入れ始めた事に焦りや驚きを隠せず、自らのあと一歩の勇気すら出せない臆病さに心底、嫌になる瞬間だった。
落ち着こうにも生暖かな風は余計に気持ちを萎えさせ、どんどんと気分を落ち込ませていく。
明日は雷太とのデートの約束をしているのだが、興奮は湧かずに億劫で、またなあなあで終わってしまうのかな、と既に事の終わりを想像してしまった。
「はあ……。」
深く長いため息はこぼれ、肩を落とし、がっくりと項垂れ、自身の甘えと驕りに胡座をかいてきた、そのだらけた気持ちに彼女は一層、落ち込んでいく。
ふと足を止め、その場で蹲り、ようやく蕀の道を裸足で進んでいるのだと気付かされ、心は折れかけていた。
彼女の様に開き直れれば、気持ちを固められれば、どんなに清々しい事だろうか、と羨むばかり。
長きに渡り築いた雷太との距離感をたった一言で潰しかねない、その積み重なった気持ちを正直に吐き出して良いものなのか。
もし拒絶されたらと考えると、美夜は恐ろしさに身がすくみ、自然と涙は溢れてしまった。
どんなに桃をけしかけた所で彼女の想いは決して揺らがず、尚も堅強となり美夜を脅かしていく。
「あの子、何処かに消えてくれないかな…。」
ふと呟かれた言葉に美夜自身、驚きを隠せなかった。
今までとは違う、この黒くモヤモヤと澱んだ気持ちは彼女の頭を錯乱させ、言い得ぬ桃への憎悪が内から沸き上がってくる。
その度に『違う』と頭を振り乱し否定しても、心は惑わされ、抗おうにも体は喜んで黒いモヤモヤを染み込ませていった。
「あの子が全部、台無しにした…。」
いよいよもって責任を桃に擦り付けた辺り、彼女の頭にまで澱んだ気持ちは侵食を始め、鬱蒼とした気持ちが一気に晴れやかになっていく。
暗く濁った空は彼女を照らすかの如く、月が顔を出し、星は煌めく。
「あはは…。」
そうして乾いた笑い声が空へと呑み込まれていった。
桃が雷太と関わってしまったからこそ、過去の暗い経験と辛い思いを背負わざるを得なかったのだと、結び付けてしまう程、徐々に美夜の思考は一線を踏み越えていく。
あの時失敗したのも、怒られたのも、ちょっとした服の汚れや、悪天候でさえ、全て彼女の責任である。
「……違う……落ち着け。」
確かに肩の荷は軽くなった。
しかし、そんな考えを雷太は望まないと、美夜は頭を抱え、必死に自身に問い掛ける。
「雷太君と今も会えるのは過去があるからこそ。」
それを誰かのせいにして、否定してしまえば、今の生活はおろか、雷太にさえ出会えなかったかもしれない。
だからこそ、彼女は冷静になる必要があった。
生ぬるい風が頬を名残惜しそうになぞっていく。
深く吐き出された息は熱を帯び、気持ち悪さを胸に残す。
この発作めいたドロドロとした気持ちは、美夜がまた油断した時に現れるのだろう。
一人の時であれば良いのだが、もしも…。
それを考えただけで美夜の体は更に縮んでしまうのだった。




