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それ、ホントに僕ですか?  作者: 海々深々魅々美
穏やかに柔らかに
108/109

第108話

美味しい料理を頂ける幸福と食欲が満たされ、その余韻に浸り、好きな紅茶を飲めば後は睡眠欲が満たされれば尚の事良しと、体は次第に緩慢となっていく。


予習復習をする気さえ無くなる程、肉体、精神共に疲れた体にはのしかかり気味に身を寄せ、満足げに頬を緩ませる桃が居た。


「桃も手伝いなよ。」


一人暮らしとはこんなに大変なのかと痛感し、それを逃げ口上にだらしなさが露呈してしまった雷太は素直に美夜の優しさに甘えきっていた。


ただあくまで部屋主として手伝うように促すものの、彼女もまた首を横に振るだけで動く素振りは一切見せない。


エアコンの効いた室内である筈なのに、密着した部分からは猛烈な熱気と甘い体臭とがない交ぜに雷太の判断力を鈍らせる。


まあ、いいか、と思う程、桃の体から発せられる香りに当てられたまま、フワフワと心地好い眠気が彼の瞼を重くさせ、遠くで聞こえる流水や食器を洗うリズミカルな音が更に体を脱力させていった。


彼女の柔らかな肢体は丁度良い抱き枕の様で次第に雷太も彼女に寄り掛かっていく。


桃のたゆまぬ努力があってこそ、こうした御褒美が突如として訪れるのだから彼女は調子に乗ってしまう。


桃がふと視線を斜め上に向ければ、彼の唇は無防備に半開きとなり、小さな寝息が彼女の髪を擽る。


口内で涌き出る唾液を静かに、でも確実に飲み込み、桃はゆっくりと顔を上げていく。


雷太と台所に居るであろう美夜と、何度も見回し、こんな滅多に訪れない好機を掴もうと桃は顔を寄せ、唇を近付ける。


彼の息が桃の口内へとスムーズに流れ込んでいく程まで唇は間近まで迫り、あとはほんの勇気があれば重なるという所で、ふと静かな時間が流れている事に彼女は気付いた。


そして、舐め回す様に雷太を見つめていた両目を恐る恐る台所へと向ければ、美夜はこちらを見詰めたまま立っているではないか。


尚且つ右手にはフライパンを持ち、左手には包丁を握り締め、妖しく微笑み、言葉も発せずただ立っているのだから、流石の桃でさえ、突き出した唇をゆっくりと引っ込める程、緊迫とした空気がエアコンの冷気と共に流れ込んでいた。


責めるでもなく殺意も無い、寧ろ憐れみの様な何だか可哀想な者を見ている、そんな伏せ目がちに桃を見つめる。


彼女は幾度となく、その目付きを浴びてきた。


だからこそ、桃はゆっくりともたれ掛かる雷太を布団に寝かせた後、力強く呟いた。


「…その目…止めてよ。」


静かに立ち上がり、美夜と体が接触する位、近寄る彼女の顔はそんな同情めいた視線に苛つき、内心を抉られたのだろう、よほど歪みきっていた。


「赤の他人なら、まだ我慢出来るけど、あんただけはそんな目で見つめないで!」


生まれついての桃の髪の色。


この街だからこそ、皆が納得する不自然な色。


だからと言って、誰もが受け入れてはくれない。


後ろ指で指され、悪質な悪戯、陰湿であったり強引であったり。


理解しようと努力してくれる人もいた。


でも、憐れんだ視線は何時だって、桃を突き刺す。


「何で、李ちゃんに聞かないの?」


それでも美夜は止めなかった。


たとえ、胸ぐらを掴まれようとも、我を忘れ怒りに顔を歪ませた目で睨まれようとも彼女は一層、瞳の色を濃くさせ同情を助長させる。


「李ちゃんは全部知ってるみたいだよ?なら、こんな夢みたいな生活のままダラダラ引き摺らないで、もっと現実を見ようよ?」


そう言う美夜の手は震えていた。


それでも立ち向かう為、フライパンと包丁を握り、精一杯の勇気で桃と対抗しようと試みたのだ。


そんな小鹿の様に震える彼女の姿に桃は嘲り返す。


「私には夢も必要なんです。」


美夜のその必死過ぎる姿に桃の興は冷めたのだろう、ふと我に返り、言葉遣いも柔らかくなる。


「今、ここで李に真実を聞いても良いよ?でも、もし理想と違うかったら、私…なにするか分かんないよ?…らい君と一緒に死んじゃうかも……。」


そんな言葉が吐き出されるや美夜の震えは止まり、険しさに眉間のシワは寄り、何か決意したかの如く、瞳は燃え上がる。


「そう考えちゃう程、らい君に依存しちゃってるんですよ、私。もう、真実なんてどうでも良いです。私の記憶通りであれば尚の事良し…そうなってきちゃってるんです。」


愛しく雷太を見つめる桃の姿に美夜は戦慄を覚えた。


小さな頃の約束と言う枷は外れかけ、彼女の思考は雷太を愛でる事、それだけに収束しつつある為だった。


遠慮と言う言葉が無くなる。


彼の優しさに容赦なく付け入る。


今まで溜め込んでいた想いは爆発寸前で。


彼女を止める手立てが無くなっていく。


言いたいことを言えた桃は満足げに雷太の横に寝転がり、躊躇なく抱き付いた。

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