第105話
ほんの二、三ヶ月とは言え、雷太の動きは朝美の期待に沿える効率的なものとなり、今では当然の如く居座る桃たちの存在を気にする事もなく、仕事に没頭出来るようになった。
「確かにお店の質は良いかもしれないけど、雷太が居る時点で品格を損なってるよね?…ね?桃ちゃん。」
ぎこちなく愛想笑いを浮かべる桃の対面でテーブルに両肘を乗せ、手と手を重ねた上に顎を置き、うっとりとした表情で未来は平然と彼の悪口を言う。
「お店の雰囲気的に?雷太では未熟って言うか、もっとこう、落ち着きがあって、余裕綽々みたいな感じの方が厚みが出ると思うんだよね。」
「そ、そう、かな?」
桃はその無理矢理作られた笑みの中に、微かに目尻を痙攣させ、少し青筋を浮き出させながらも、彼女の話を聞き続けた。
「絶対そうだってば。経費削減の為に高校生のアルバイトを使ってます…みたいな感じがして、重厚な空気が台無しだね。ケーキも美味しい、マスターも良い感じ、雰囲気もバッチリ。はあ…勿体ない。」
桃は乾いた笑い声で相槌し、胸の奥に蟠る苛立ちが人指し指の先でテーブルをコンコンと叩かせ、わざとらしく携帯電話の画面を見て、さも時間を気にしている様な素振りで未来との会話を早く終わらせたかった。
「……。」
そんな一連の動きを未来はダマスクローズの香る紅茶をゆっくりと味わいながら、静かに眺めている。
「さっきから、桃ちゃん…喋ってくれないね?何で?」
未来とは視線を合わせず、遠くばかり見つめる桃に先ほどの小馬鹿にした様な口調ではなく、淡々で威圧的な話し方で尋ねた。
「…だって…さっきから雷太君の悪口ばっかり言うから……。」
ガラスコップの中で浮かぶ氷を泳がせる様にスプーンでカフェラテをかき混ぜる姿に拗ねていると捉えられたのか、未来は急に桃の隣へと座り直し、にこやかに頬を緩ませる。
「もう桃ちゃんは可愛いなー。」
そう言って、彼女の両頬を押さえ、そのまま優しく引っ張った。
「でも、僕は雷太の悪口は止めないよ。」
その笑みに隠れた先の見えない影に桃の顔色は途端に青ざめ、目を反らそうにも彼女の圧迫感が許さなかった。
「雷太に愛情を注いだ分、桃ちゃんは不幸になっちゃうよ?」
「…どういうこと?」
未来は何かを気にしているのか、周囲を見渡した後で考えを巡らせ、勿体ぶった態度に桃はやきもきと煮え切らず、顔をしかめる。
「……雷太の事が好きすぎる間は絶対に話せないかな。」
「どういう……。」
未来は認めていた。
自分ではなく、確実に好意は雷太に向いている事実を真正面から受け止めた上で桃にアプローチをかけていた。
それは李同様、勝利への切り札を持っているからこその行動である。
「お待たせしました。季節のタルトの盛り合わせになります。」
桃が詳細を知るべく話し掛けようとするもタイミング良く、雷太は新たなデザートを持ってきた。
そうして、テーブルの上で空になった皿を片付ける間も未来は桃を匿う様に頭を抱えながら、体を覆い被せ、威嚇めいた表情で彼を睨み付ける。
「ごゆっくり、お楽しみ下さい。」
雷太は一礼し、立ち去っていくのを見計らいようやく、桃を解放した。
「なんで、またアイツなの?」
呪詛の如く呟かれた彼女の言葉が、何時までも彼女の耳にへばりつき、疑問はますます膨らんでいくだけだった。




