第103話
「じゃあ、気を付けて帰って下さい。」
誰の体が魅力的か、そして艶かしいか等の直接的な質問を曖昧にしたまま、雷太は彼女たちを見送る為、玄関口で太陽の眩しさと蒸すような暑さが襲う中、優しく声掛けた。
大分、眠気が覚めてはいるものの彼女たちの着崩した格好を見ると、やや判断力が鈍っているのだろう、肌着がチラチラと見えてしまってもいた。
「それと、服もちゃんと着て下さいね。」
流石の李もこの暑さでは、あのけばけばしさを出すのを躊躇ってしまうのだろうか、髪は地味に結い、化粧も比較的抑え目に済ませていたがそれでもギャルっぽさは醸し出されていた。
「暑けりゃ、誰だってだらしなくなるよ。」
気休めとばかりに部屋にあった団扇や扇子を手渡したのだが、この蒸れた空気では生温かな風がなんとも帰る意欲を無くし出してるのか、一向に歩み出そうとせず、「暑い」と誰もが呟いた。
「涼しくなってからぁ、帰りたいよぉ。雷太はぁ、はぐらかすばっかりだしぃ、悶々としてぇ、暑さでも悶々としてぇ、爆発しそうぅ。」
獲物でも見るよう目付きで近付く水華に雷太は後退りして、桃の背中に隠れた。
室内から逃げていく心地好い風に皆が玄関口へと集まる様は誘蛾灯に群がる虫みたく、フラフラと汗ばむ体を涼ませようとする。
「わ、私は叔母さんの所にい、行くから。」
その中で美夜は未だ、ジリジリとコンクリートの廊下から舞い上がる熱気を受けながら、彼らに言った。
「私達が居ると、雷太君、眠れないから先に行くね。」
そう雷太を気遣う言葉が出るや水華や李は少しの間、困り顔をしながら黙り、再び表へと足を運ぶ。
「じゃあ美夜さん、気を付けて…って言っても直ぐそこですが…。」
「うん。…また明日ね。」
ようやく帰路へと歩きだす中でも水華は頻りに暑いとぼやき、涼める場所へと繰り出そうと李や美夜を誘い始めていた。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送った後で、雷太は室内へと戻り、倒壊する建物の如く勢いよく布団へと倒れる。
一気に緊張が解れ、瞼は急激に重たくなり、上手く目を開けられずに視界が暗闇に包まれる時間が徐々に長くなっていった。
食器を洗う音や水道水が流れる音が何とも心地好く、冷房の効いた室内は蒸された体を癒す様に冷やしていく。
頭を抱える問題や悩みなど吹き飛んでしまう程、訪れる睡魔は静かに優しく、彼を包み込んだ。
「じゃあ、らい君。私も…。」
洗い物を済ませ、手を拭いながら桃は彼の元へと歩み寄れば、既に寝息を立て、うつ伏せのまま気持ち良さそうに夢の中へと旅立っていた。
「…また、来るね。らい君。」
桃は名残惜しそうに雷太の髪を撫でるだけにして部屋を出る。
ジリジリと肌を焼く様な日射しを浴びながらも、幸せに心が満ちているのか、そんな暑苦しさを感じず、『嗚呼、楽しく過ごせてる』という実感が彼女の頬を緩ませた。
ライバルとも呼べる彼女たちと過ごす一晩に桃は理性が働かず、何かしでかすかもと危惧していたが、却って雷太の警戒心を薄くさせる結果となり、ちょっとしたボディタッチも出来、距離も近くなったとも感じ、意外にも無事に過ごせていた。
「やっぱり、妬けちゃうな。」
雷太が美夜の為に怒った事。
それが堪らなく羨ましかった。
「一緒に居られた時間の差なのかな。」
桃は扉にもたれ掛かり、自分の境遇の悪さを悲しんだ。
手の届く所まで彼女は居るのに、彼は違う方を向き、そちらの手を掴む。
「やだな…らい君…取られちゃうの…。」
雷太が誰かの為に感情を露にするのを思い返す程、桃の中で渦巻くモノはどす黒く、濃密になっていく。
ようやく再会出来たあの時の焦りと期待が煮詰まり、まともな判断の付かない想いが甦ってくる。
「らい君……らい君…。」
譫言の様に彼の名を呟く彼女はこの茹だる暑さであるにも関わらず、汗一つかかず、体は恐れと不安に冷めきっていた。




