第102話
「もう、一学期も終わるね。」
波乱の翌日、皆が目を充血させながらの朝食中に美夜はぽそりと呟いた。
改築した際にようやく取り付けられたエアコンの冷気が外のムシムシとした熱気を忘れられる様な室内で、恐らく皆の胸中に沸々と沸き上がるもの。
それは夏休み。
テレビからは今年の夏はまた一段と暑くなると伝えていた。
「…そうですね。」
バイトによる体力的な疲れとつい先程まで行われていた宴による精神的な疲れとでぐったりしている雷太は弱々しく相槌をうち、味噌汁を啜る。
冷房が効いた室内で冷えた体、そしてぼーっとする頭に染み渡る温かな感覚に彼は一人、しみじみと食道から内臓へと広まる余韻に浸っていた。
「有り余る休日…毎日寝食を共にして…課題を教え合う良い雰囲気…ハプニングがあってもおかしくない。」
「今まで、何も無かったんだから、起こる筈無いでしょ。」
李はインスタントのコンソメスープを飲みながらブツブツと算段する桃に呆れた様に鋭い指摘を入れた。
その言葉が可笑しかったのか水華は嘲笑気味に短く笑った。
「その考えは甘いねぇ。」
「別に甘くは無いですよ。考えてみて下さい?」
水華の言葉には強く反応したらしく、桃はそう考える理由を話すのだが、その勿体ぶった言い方と自信ありげな表情に水華は余計に笑い出した。
口に含まれていた食材が飛び出してしまう程の笑い声で、彼女ののんびりとした言い方とは真逆の多少がさつな性格を垣間見えた。
「あ~あ、机が汚れちゃったじゃないですか。」
「あぁ、ごめんねぇ。続けて続けてぇ。」
「まったく。良いですか?毎日一緒に居るって事は必ず暇な時間がやってくるんです。ただ、決して退屈とかつまらないとかの暇じゃなくて、家事や課題も終わってしまった後のゆっくり過ごそうよって言う時間の事ですからね!」
一睡もしてないせいか、昂っている様で桃は目を見開き、嬉々として訪れるであろう希望を尚も語る。
「そうするとらい君が『暇だし一発やるか』とか何とか言って、もうそこからはニャンニャンが始まる訳ですよ。『あっ、アレ無いけどそのまましちゃうね』とか『何でこんな気持ち良い事、桃としてなかったんだろ』とかそこからは薔薇色の日々が待ち受けてるんです!」
「僕を一体、何だと思ってるのさ?」
「おおぉ。」
僕の事を甚だ勘違いしている桃にアイツは感嘆と投げやりな拍手を送った。
「じゃあぁ、美夜先生ぃ、何かぁ、アドバイスを言ってあげてぇ。」
「えっ!?」
パンを小さくちぎりながらチビチビと食べていた美夜は突然の無茶振りに一唸りした後に言いづらそうにアドバイスを送る。
「あの、夢を壊す様で悪いけど、雷太君はそういう事は全然してくれないよ。だって……私も夏休み中、ずっと雷太君といたけど、キ、キ、キキスとかも無いし…いや、別に付き合ってた訳じゃないけど、私もそういうの期待した事あるし、何度かそんな雰囲気もあったけど…じゃなくて、雷太君は真面目だからそういうのは、ね?」
美夜もまた寝ていないせいか、ぽろっと爆弾を落とし、各々が雷太を様々な視線で見つめていく。
嫉妬混じりや意外そうな感じ、頷きかげんに同意を求める視線に彼は怪訝そうに「何?」と問い返す。
「ぶっちゃけ、ライはやりたいの?」
李が突如として放り込む爆弾に室内の空気は一瞬、固まり、微かに緊張とぎこちない雰囲気が漂う。
バターを塗り、その上にはつぶ餡を乗せたトーストをサクリと食べ、当の本人は意にも返さず、皆が興味の無い振りをしつつ、聞き耳を立て黙り込む様子を不思議がっていた。
「そこはみんな、食い付くべきじゃないの?」
一様に言及しない姿に李は更に追い討ちをかける。
「どうせ、プラトニックな関係とか言いつつもいずれ我慢の限界はくる訳でしょ?桃っちはそんな事言いながら、いざライに質問をぶつけたら、黙るなんておかしくない?」
「そ、そりゃ、だって…らい君がしたくないって言うんなら我慢するしかないじゃん。…したいって言えば、あれだけど。」
「や、止めようよ?李ちゃん。雷太君、困ってるよ?」
「いや、止めないよ。この際だから、ライは嫌々ウチらに付き合ってるのか、それとも下心ありきなのかハッキリさせたいね。」
話は徐々に膨らみ、そして良からぬ方へと進んでいく。
「だってさ、有り得なくない?ミヤセンが毎日抱き付いてたのに劣情の一つ湧かないなんて、オカシイでしょ?」
「それは…そうだけど。」
「桃っちも密着してたんでしょ?」
「まあ、目に見える反応は無かったかな?」
「あたしにはぁ、憎悪たっぷりだよぉ。」
この場に相応しくない発言に李は苦笑しながらも我関せずと黙々と朝食を済ませていく雷太の目の前で何度も指を鳴らし、無理矢理にでも会話にさせようとした。
「で?」
「で?って、何が?」
「だから、結局、誰とやりたい訳?」
彼女の質問のすり替えに耳を疑った。
「性欲の話だよね?」
雷太は確認の為にと、話の根本的な部分を聞いてみたのだが。
「違うよ。誰の体が一番、そそられるか?…だよ。」
内心、ドキドキとしてる彼女たちをよそに頭を抱え悩んでいる体を取りながら、ふて寝する事に雷太は落ち着いた。




