第100話
「その辺にしといたらぁ?」
意外にも桃の暴走を止めたのは水華だった。
膝を折り、彼女の横で雷太の顔を見ながら、淡々と注意する水華に桃は一度、動きを止める。
「みんなはどうか知りませんが、私にはこれと言って有利な部分が無いんですよね。」
慈しみながら彼の頬を撫で下ろす彼女は自虐めいた笑みをして話を続ける。
「小、中と一緒の学校に行けた訳でもないですし、幼稚園の頃の記憶をらい君は覚えてないみたいですし…。口も悪いですし、みんなには嫉妬ばかり感じちゃいますし…でも、らい君を喜ばせる自信は…それだけは負けたくないんです。あと、愛してる気持ちと。だから、早くらい君に知って貰いたいんです。……それと、私がやりたいと言うのもありますが…。」
「その気持ちぃ、分からないでも無いけどぉ、雷太の意志がないとぉ、単なる自己満足でしかぁ、無いよねぇ?」
何時もの間延びした話し方に桃は一瞬だけ腹立たしさを感じた。
諭す内容ではあると同時に、蔑んでいるかの様な言い回しに水華は自分の欲望に忠実な桃を見下げ果てているのでは、と感じ、更に愛さえも否定されているのではないかとも勘繰った結果、気付けば彼女は手を振り上げていた。
「桃、駄目だよ?」
ようやくハッキリとした意識が戻った彼がすかさず、桃の腕を制止させ、優しく問い掛ける。
「だって、らい君……この人、絶対に私の事、馬鹿にしてるよ。…それだけじゃないよ?らい君への愛情も否定して…。私ばっかり空回りしてるのを見て、影で笑ってるんだよ?」
ふるふると口が震える桃。
初めて人に手を上げようとしたのだろう、雷太が今、掴んでいる手も震え、また雷太にさえ彼女が守ろうとしたモノを理解して貰えず、涙がポロポロと落ちていく。
「それでも、駄目だよ。そんな事したら、彼女の思うつぼだよ?…だから、みんな仲良くしよ?」
「そうだよぉ?桃ちゃん。みんな仲良くぅ、雷太を分け合わないとぉ、ね?」
雷太の言葉に便乗する様に被せてきた水華の言葉が出てきた途端に彼は優しく微笑んでいた顔をきゅっと強張らせ、水華を睨み付けた。
「僕は改心して美夜さんと友達になった事は許しますが、今まで美夜さんにしてきた事は絶対に許しません。だから、あなたがそんな事を言う資格はありません。」
「へへ。」
そうして水華と目線があった時、彼女は照れ臭く笑いながらも決して彼から視線を逸らさず徐々に瞳は潤い、頬は赤らんでいく。
「桃ちゃんが襲いたくなるのも分かるなぁ。」
水華の呟きが吐き出されるや、彼女が纏っていた空気はたちまち欲に渦巻き、淫靡に口は開かれる。
彼女たちとは違う雰囲気に気後れし、不意に顔を背けたのがいけなかった。
「もっと、あたしを見てよぉ。」
水華は静かに間合いを狭め、鼻と鼻がくっついてしまいそうな程、近付いていた。
「あたしの事、嫌いなんでしょう~?憎くて仕方ないんでしょう~?ほらぁ、もっとその目で監視しないとぉ、また誰かをいじめちゃうよ~?」
彼女は存在を認めて貰いたい。
その標的である雷太は気付かぬ内に口車に乗せられ、水華を無視出来ない状態となり、もっと悔いて悩んで苦しめば良いのにとさえ思いを抱いていたのに、当の本人はイジメを口実にする程、欲が深い。
「そうそう!それだよぉ、雷太ぁ。もっと、蔑んだ目で見ても良いんだよぉ?ほらぁ、昔みたいにぃ、ゴミくずを見る様な目で見てよぉ。」
見るという行為がこれ程、苦痛に感じるとは、雷太は既に嫌気のさしたような目で見ているにも関わらず、水華の顔は嬉々として、鼻息を荒くさせた。
その異様な光景に桃でさえも後を引く気持ち悪さに顔をしかめる。
「雷太ぁ、安心していいよぉ?何時も通り、あたしの願いは見つめる事だから、ねぇ?」
ひとしきり、彼をからかった後に彼女は満足したのだろう。
ゆっくりと彼女たちが集まるテーブルへと戻り、何事も無かったかの様にゲームを始めた。




