第10話
雷太が何故独り暮らしとなったか、それは高校が自宅から遠いと言うのが主な理由だが、純粋に勉学に励みなさいと言う、親の粋な計らいでもあった。
流に関して言えば、彼の自宅は駅に近い為に通学に困らないから独り暮らしでは無いのだ。
それを鑑みると雷太の自宅がいかに駅から遠いかが窺える。
何も、家が隣同士だから幼馴染とも限らない。
彼らは保育園、幼稚園、小学校、中学校と、偶然同じクラスになった腐れ縁的幼馴染と言えよう。
まあ、少子化と言われる現代、彼らの住んでる町の教育施設は限られているのだから幼馴染は流だけでは、勿論無いのだが。
「この後、どうするよ?」
各々が満足感に心とお腹を安らげている中、遊び慣れしている流は既に次の行き先を決めようと心がける。
遊びたいが為か、それとも二人のやり取りを面白がって見物したいが為なのかは分からないが、決定権は何となく僕が握っているのだろう。
その証拠に桃はずっと僕の反応待ちだし、流も僕を見ている。
「僕は帰ろうかな。」
「わ、私も帰ろっかな~。」
「……送ってかないよ?」
すごく意味有りげに喋りながら何かを期待する桃に僕は一蹴する。
空が暗がりであればは可能性は有ったかもしれないが、曇り空とはいえまだ午後に入ったばかりの時間帯、況してや事有る事にホテルだ結婚だなんて騒ぐ女の子と一緒に帰るなんて危うすぎる。
「大丈夫だよ。私がらい君を送ってあげるから。」
その手があったか。
桃もどうだと言わんばかりに悪戯な笑みを浮かべた。
意表を突かれ、雷太が反論出来ずにいると彼女は彼の手を握り、「レッツゴー」と張り切り駅に向かう。
「だから、何で手を握るのさ?」
「はぐれちゃったら嫌でしょ。それとも、私とじゃ嫌?」
「な、流!助けて?」
女性と言うものはズルい。
そんな困った顔をされたら誰だって嫌とは言えないじゃないか。
そこで流に助けを求め後ろを振り返れば、先程の場所から動かず、手を振って見送ってやがる。
「俺はもうちょい遊んでくから。また明日学校でな。じゃーなー。」
そう叫び人混みの中へと消えていく。
希望は断たれたと桃へ視線を向き直せば、耳まで真っ赤にした彼女が柔和な笑顔で先導していた。
今みたいに汐らしければもっと可愛らしいのに、なんて考える雷太の手の平には彼女の温もりがひしひしと伝わっている。
積極的に前向きに行動する桃に報いる為にも、早く思い出さなきゃと焦燥する位、いつの間にか惹かれているのに雷太はまだ気付かない。
「いやいや、教えないよ?」
「何で?」
「何で?って、そりゃあ、怖いから?」
危ない危ない。
勢いに飲まれる寸でで、どうにか拒否したはいいが、桃は至って平常運転。
恋人になって訳でもないし、婚約だって尚更。
なのに桃の頭の中では僕と出来上がっているみたいだ。
「じゃあさ、ちょっと考えてみて?」
「いいよ。」
「私はらい君が好き。幼い頃に結婚を誓った。私は可愛い。こ~んな広い地球で再び出会う運命の二人。私はらい君が好き。……どう?」
「言葉だけで聞くと、すごくロマンチックだよね。」
言葉だけで聞くとね。
でも蒸し返せば荒は当然出てくるし、一番の問題としては僕自身にあるのだから、ちょっとホラーな気分が強い。
勘違いからどんどん恐怖に遭遇する、そんなホラー映画があったなー。
「でしょ?」
「だったら、何でそんなに焦ってるの?」
だからこその疑問が常に側にいた。
運命的な出会い、まるでドラマの様な展開は確かに心動かされるものがある。
でも、性急する必要はないかと雷太は桃の言動のちぐはぐさに違和感を感じていた。
幼い頃の約束を今まで引き摺ってまでの魅力的な要素が、果たして僕にあるのかさえ分からないのに彼女は盲目にひた走る。
狂気を帯びているとしか言えない闊歩たるや、追い詰められる怖気たるや、空を掴ませられてる様な実感のなさが不安を掻き立てる。
桃は歩くのを止め、瞼を落とし、彼女の内に蟠る暗い感情が顔色を曇らせた。
「もう、らい君から離れたくないから…もう、誰からも取り上げられたくないから。」
思ってる以上の想いに雷太は気が重くなった。
あんなにふざけた言動も彼女の理由から辿れば、一途過ぎるが故の暴走なのかと氷解したものの、それでも胸の内の疑問微かは残留する。
「確かにちょっと焦り過ぎだよね。………だから今日はもうお開きと言う事で。」
「そうだね。じゃあ、また明日ね、桃。」
名前を呼ばれたからか、又は明日も会ってくれると約束したからか、桃は一瞬驚くも直ぐ様、明るく笑い返事する。
嗚呼、これで少しは静かになるだろう。
明日もこんな調子なのかな、と億劫になりかけた所を彼女は更に追い打ちをかけた。




