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おっさんウサギ男は女勇者にプロポりたい!?  作者: 九重七六八
第1章 プロローグ こうしてヤマダは旅立った
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女勇者と遭遇

 ヤマダは馬車を操縦している。

 魔界から出発して1週間。トボトボと勇者が滞在しているという町を目指している。

 

 そもそも、魔界と人間界は簡単には行き来でない独立した別世界同士なのである。今のところ、魔界の住人は人間界と魔界を行き来できる術をもっているが、人間はそれができない。なぜなら、魔界へと渡るための条件を満たしていないからだ。

 

 魔界へのゲートは人間界には7箇所あるのだが、そこを通じて魔界の住人は人間界で悪さをする。そういう魔界の住人を排除するのが、冒険者の役割だ。その冒険者の頂点に立つのが勇者なのだ。

 

 だが、勇者といえども、魔界への扉を開けるための謎はまだ解明していない。そういう点では、魔王も魔界で大人しくしていれば命を取られることはない。


(ということは、もう人間界にちょっかいかける必要なくね?)

(勇者に勝てないなら、魔界に撤退した方が賢明だと思うのだが……)


 そう考えるとつくづく魔界の連中のポンコツさが目立ってしまう。ヤマダはため息をいくつもつきながら、馬を操っている。ヤマダが操縦している馬車は人間が使用している普通の馬車だ。


 魔界の馬車だから、馬がモンスターだとか、魔法で動く骨の馬だとかありえるはずだが、それでは人間の世界では目立つ。


 この目立たたない馬車に乗っているのは、魔界の運命を決める選ばれた6人のモンスターなのだ。

6人と書いたが、その立場は少々違う。なぜなら、6人は対等ではない。正確に言うと、5人とヤマダは対等ではないのだ。


 人間の女を誘惑するのが得意のインキュバスは、このチームの最も期待できるエース扱い。ドラキュラ伯爵はその能力からして、このチームの最強実力者。さらにダークエルフの族長は、能力もさる事ながら、後がないという悲劇のエピソード付きである。


 オークとスケルトンは問題外だが、ウサギ男のヤマダよりは戦闘力がある。よって、この5体がレギュラー。ヤマダは控え選手。補欠である。やっぱり幻の6番目のモンスター、略して『幻のシックスモン』である。


 なんだかよく分からないが、ヤマダはこの5人に命令されて馬車の運転をさせられているから、下僕扱いなのである。あとの5人は馬車で寝ているから、明らかに対等ではないだろう。


 だが、ヤマダは悲しんでいない。なぜなら、ヤマダは大人おっさんだからだ。大人のおっさんは小さなことにはこだわらないのだ。


 ヤマダはそもそも他の4人と同じ空間には居たくはないと思っている。インキュバスは姿が卑猥で目にやり場に困るし、ドラキュラは相変わらず棺桶の中だし、ダークエルフの族長は精神的に追い込まれているのか、ブツブツと何やらつぶやいて怖い。


 そしてオークは豚だし、スケルトンは骨である。話が合わない。だから、暗闇の中をカンテラに照らされて馬車を動かしていたほうが、気が紛れるのだ。


 馬車の目指しているのは、旧都ガダニーニ。目的である女勇者はそこに滞在中と聞く。彼女は仲間と共に魔王軍の追討任務についているのだ。


「おい、ヤマダ、腹が減った。何か食物はないか?」


 馬車の中からブタがそうヤマダに問いかけた。基本、人間の飯を食うのはヤマダとこのおっさんオークだけだ。悪魔族のインキュバスは人間の精力が食物。ドラキュラの食事は血だし、ダークエルフは自然食由来の食物しか食べないらしい。骨野郎スケルトンはそもそも飯を食べない。


「はい、旦那、これが最後の1つです」


 ヤマダはそう言って腰に付けた袋から食べ物を取り出した。これは先ほど、村で買った麦まんじゅうである。改造人間のヤマダが買ったわけだが、変な格好した人間と思われただけで、お金を出せば売ってくれた。


 基本ウサギの仮面を付けただけの姿では、モンスター認定してくれないらしい。そのことが悲しいのか、嬉しいのかヤマダには未だに判断ができない。ちなみに確認しておくが、ヤマダは自分のことをパシリとは思っていない。


「ちっ……麦まんじゅうか……」


 おっさん豚、せっかくヤマダが手に入れた食料に文句を言う。


(だったら、お前が買ってこいや!)


 と心の中でヤマダは主張するが声は出さない。悔しいが喧嘩してオークに勝てる気がしない。ここはおとなしくまずい麦まんじゅうで我慢してもらうしかない。


 それにおっさん豚が買い物しに来たら、村中がパニックになるだろう。これは隣でカクカクしている骨野郎が買いに行っても同じである。


 変な格好していると思われるヤマダが買うのが正解だ。だから、ヤマダがパシリというわけではない。これは戦略的な選択なのである。


「おい、パシリ、水をくれ」

(おい、おっさん豚、そのセリフはやめろ!)


 もう一度言う。ヤマダはパシリではない。水を汲むのも人間に似ているヤマダがした方が、違和感がないからだ。おっさん豚が川で水を汲んでいたら、見かけた村人がパニックを起こすに違いない。


 カンテラで暗闇を照らし、静々と馬車を走らせていたヤマダだが、太陽の光が山の峰を白く照らし、夜の暗闇が青く変化してくるのが目に入った。


(朝が来た……)


 夜通し走ったから、ヤマダは眠気を感じている。あくびをしながら馬の轡を引く。


「あれ?」


 前方に人の気配がある。


 なぜ、その気配を感じたのかヤマダには分からない。分からないが、背中に冷たい汗を感じた。轡を握る手がなぜか震えてくる。


 2人の人間らしきものが前方に立っている。旅人のマントを頭からすっぽりかぶっているので、正確には分からないが、マントから出た細い2本の足とそれほど高くない身長から女性ではないかと思われる2人である。


「……キサマら、ここで止まるがいい」


 2人のうち、背の高い方が話しかけてきた。冷たい言葉である。その冷たさは北極点にクールビズの格好で到達したくらいだ。もはや何を書いているかわからない。


(この声は女だな……しかも若い……けど、なんだこの冷たさは……)


 ヤマダはそう思った。こんな朝早く、女性がこんな人気のないところにいること自体がおかしい。そして、この聞いている者を凍らせるような態度。


「チョコさん、相変わらずダメですねえ……。モンスターの方々には優しく言わないと」


 そんな言葉を発したのは背の小さい方。こちらも女性の声である。こちらはキャピキャピした如何にも女の子と言った感じの話し方だ。


「どうせ死ぬのだ……優しさなどは無用だ」

「チョコさん、すぐあの世へ行くのだからこそですよ」

(な、なんだ、この会話。よく聞くとこえ~よ)


 ヤマダは馬車を停止させている。急に止まったので中の連中も緊急事態だと思うはずだ。


だが、窓から顔も出してこない。


(寝てるだろ……絶対、寝てるだろ!)


 奇跡の5人、魔界の運命を背負うこの5人のモンスターたちは、ヤマダの心の叫びのとおり、ぐっすりと寝ていた。残念としか言い様がない。


「一応、キサマら邪悪なモンスターに私の名前を教えよう。私の名はチョコ・サンダーゲート。職業は勇者だ」


 そう背の高い方が名前を名乗った。マントをはねると青く染められた服に簡易な胸当て、スカートという冒険者風の格好である。長い生足に白いニーソック、短いブーツが艶かしい。そして背の低い方も続く。こちらは右手に飾りの付いた杖をもち、僧侶服に身を包んでいる。こちらは明らかに大きなバストが艶かしい。


「私は司祭のエヴェリン・トラウトですわ」


(ゆ、勇者御一行様ですよ~。いきなり、ターゲットの登場ですよ~)


 魔界で叩きこまれた知識の基本中の基本。ターゲットである女勇者の名前。


『チョコ・サンダーゲート』


 実に勇者らしいというか、変な名前というか……。そもそもサンダーゲートって、雷門という名前からして芝居がかった名前だとヤマダは思っている。


 ヤマダはこの展開は予想していなかった。こちらから勇者を捜し出す、長くて辛い日々を過ごすはずだったのに、いきなり目標が現れたのである。これは喜ばしいことだが、よく考えれば、とても悲しいことだ。


 ゲームで言えば、経験を積み、レベルを上げて強くなる部分をとっぱらい、いきなりボスの目の前に放り出されたと同じことなのだ。


「それでは、みなさ~ん。ここで死んでちょうだい」


 背の小さい方がそんな言葉をキャピキャピした声で言い放った。これは本気だ。声や姿に騙されてはいけない。この2人は絶対に強い。間違いなくボスキャラだとヤマダは確信した。


「あわあわあわ……敵だ、奇跡の5人の皆さん、出てきてくださいよ!」


 ヤマダは叫んだ。絶体絶命の危機に叫んだ。魔界に連れてこられて改造人間にされたヤマダは、確かにレベル1かもしれない。だが、馬車に乗っているのはそれなりに経験を積んだ魔界のモンスターたちだ。


それなりの強さがあるはずだ。いや、強さがあって欲しいと強く願うヤマダであった。


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