勇者捕らわる
翌日である。
勇者チョコの事務所にこの町の領主であるレーネンベルク伯爵からの使者がやって来た。急な呼び出しである。
「チョコ様、わたしは心配です。昨日は都から兵が派遣されたといいますし……」
エリスは心配顔である。司教のエヴェリンはこの時間になってもやってきていない。教会でも何かあったのかもしれない。
ヤマダは昨日、都からやってきたいけ好かない男と会っている。ジャスト伯爵。都からこの町の防衛を任されたという男だ。
(勇者は都の貴族から疎まれている……もしかしたら、これは大変なことになるのでは)
急展開である。勇者が人間側に何かされるというのなら、それはそれで魔界にとってはありがたい話なのであるが、元人間のヤマダには人間のエゴイズムが嫌になる。
(役立つ時だけちやほやして、いらなくなったらポイ捨てかよ……)
まあ、人間の世界も魔界の世界も同じである。
(でも、勇者がいなくなったと聞いたら、あの古代竜のゴールドのおっさん……この町を滅ぼすとか言いかねないなあ)
新たな心配である。
*
レーネンベルク伯爵邸についたチョコは、そこに見慣れない兵が多数いるのを見た。一応、この町の領主であるレーネンベルク伯爵が出迎えてはいる。レーネンベルク伯爵は老齢の人のよい男であるが、いつもと違って顔が引きつっている。チョコを見つけると申し訳なさそうな表情を見せた。
(何かあったようだ……)
チョコは直感でそう思った。先程から自分とともに来た兵士の様子もどこかよそよそしい。これまで人類の救世主として尊敬の目で見られていた雰囲気ががらりと変わっている。
「レーネンベルク伯爵、急な呼び出し、一体なんでしょう?」
チョコはそう伯爵に言葉をかけたが、伯爵が答えるよりもその後ろに控えていた小男が偉そうに前に出てきた。
「勇者チョコ。お前の偽善は暴かれた。大人しくしろ」
「あなたは誰?」
初めて見る男にチョコはそう軽く問うた。人類最強の力を与えられたチョコからすると取るに足らない人間である。だが、その空気を感じ取った小男は怒り狂った。
「私はジャスト伯爵……帝国の異端審問官兼魔法兵連隊長を拝命している。皇帝陛下直属である」
「あ、そう」
この国の民が恐れおののく皇帝の言葉も、勇者チョコにはなんの効果もない。それがジャスト伯爵の憎しみをさらに増大した。
「こいつを捕えろ。皇帝陛下に対して不敬の態度があった」
ジャスト伯爵がするどく命令する。兵士が2人が恐る恐るチョコの両肩を押さえる。勇者だから力尽くで拒めば誰も抑えられないだろうが、それをしたら反逆罪である。だから、チョコは大人しく捕らえられた。
「チョコ・サンダーゲート。お前には帝国に対する反逆の疑いがある。牢獄へ連れて行け。すぐに異端審問委員会にかける」
ジャスト伯爵はそう冷たく言い放ったである。彼が昨日、2千の兵士を率いてやってきたのは、勇者チョコを捕らえて異端審問委員会にかけるためというのだ。その罪状は魔族との内通罪。魔界との戦争に勝ちつつある帝国は、その最大の功労者である勇者を邪魔に思い始めたのだ。
(もはや勇者などいなくても勝てる。それより、魔族を殲滅したあとにこの女の力は帝国には脅威である)
ジャスト伯爵はそう考える保守派貴族の筆頭であった。彼は皇帝を説得して、帝国の意思をまとめ、勇者に反逆の汚名を着せて抹殺するために来たのだ。
(勇者は邪魔だ。奴の言動は危険極まりない。民衆の人気も侮れない)
ジャスト伯爵たちが恐れるのは、勇者チョコが特権階級の人間に忠誠を尽くすというよりも、民衆に対して平等に接する考え方なのである。魔族との戦争で疲弊した帝国に民衆の人気を利用して革命でも起こされたら、既得権でおいしい思いをしている自分たちが危ういと感じているのだ。
(勇者は魔女として抹殺する)
ジャスト伯爵はそう結論の決まったシナリオに着手した。
*
「た、大変ですう~」
チョコが連れ去られて1時間後。出勤時間に遅れたエヴェリンがやって来た。彼女も教会の命令で軟禁されていたようだ。教会としては類まれな力を有し、さらに帝国の有力貴族の娘であるエヴェリンが勇者と一緒にいることを危惧したのだ。
今回の粛清に連座するのを防ごうと引き離したと見るべきであろう。だが、エヴェリン自身はそんなことは考えていない。純粋にチョコのことを心配している。
「チョコさんが都から来た異端審問官に逮捕されました」
「ええっ……そんなチョコ様が……」
エリスは目の前が真っ黒になってしまった。異端審問官という響きは、この国に暮らすものには恐怖である。目を付けられたものは100%有罪になり、処刑されるのだ。
「ヤマダさん……どうしましょう?」
急にエリスに振られてヤマダは戸惑った。ヤマダにとってもこの展開は想定外だ。それにエリスが自分に意見を聞くなんて思ってもいなかった。
「う~ん。まだ魔族の驚異があるのに勇者を排除するなんて早計だと思うけどね」
ヤマダはそう答えた。人生経験が豊富で歴史に知識もあるヤマダにとっては、この展開はよく考えればありえることだ。人間の歴史の中で繰り返しおこなわれてきたことだ。
「ヤマダさん……ウサギ男とは思えない賢い回答ですね」
「私もそう思いました。そもそも、ヤマダさんに意見を求めた私の精神状態が異常でしたが、まともな返事に戸惑っています」
エヴェリンとエリスがそんな失礼なことを言う。だが、ヤマダはめげない。おっさんの度量の大きさはこういう部分で発揮されるものだ。
「力尽くで、その異端審問委員会というのを止めさせることは簡単だと思うけど、それをやるならチョコさん自身が行うだろう」
ヤマダは意見を述べた。2人は真剣な顔で頷いた。
「そうですね。だけど、それをしたら本当に反逆罪になってしまいます」
「チョコ様が人類の敵に認定されるのだけは回避しなければ……」
「そうなると俺たちが直接手を下すわけにはいかない。ここは……」
ここでヤマダは言葉を濁した。ある名案が浮かんだのだが、それをここで暴露するのはまずいと考えたのだ。
「ここは?」
「ヤマダさん、何か企んでいますね?」
エヴェリンとエリスは勘がいい。仕方がなくヤマダは言葉を濁した。
「つまり、もう一度、帝国上層部に勇者が必要だと思わせればいいのだよ」
「なるほど……」
2人はそう感心したが、その必要と思わせる状況をどう作るのかが分からない。それを白状するのはヤマダにとっては賭けである。
「つまり……その……」
ヤマダは自分のところに魔界からドラゴンが来ていることを話した。このドラゴンが意外と気のいい奴で、話をつければ動いてくれることをだ。
「つまり、そのドラゴンさんに暴れてもらって、それをチョコさんが止めればよいということですね。さすがヤマダさん、賢いですわ」
エヴェリンはそう単純に褒めたが、本心は腹黒い彼女。心の声がヤマダには聞こえるのだ。
(都から来たそのジャストなんとかという伯爵と軍隊を葬ってしまいましょう……おーほほほっ)
一方、エリスの方はヤマダを疑いの目で見ている。そりゃそうだ。こういう事態にならなければ、そのドラゴンを匿って悪いことをしようとしていたと思われても仕方がない。だが、この状況下ではエリスもヤマダの計画に乗らざるを得ない。
「分かりました。そのドラゴンを町の役所に向かわせてください。但し、町の人たちの安全は第一に。攻撃してくる魔法兵団だけをターゲットに」
「ゴールドさんにお願いしてみます」
ヤマダはそう言ってドラゴンの待つ自分の丸太小屋に戻ることにした。その間にエヴェリンとエリスは役所近くの住人を避難させる。




