地縛霊少女
白いワンピースを着た少女には足がない。つまり幽霊なのだ。幽霊は怖いのだが、ヤマダの叫び声で少女はビビった。そのビビった姿にヤマダもビビった。
だが、ヤマダはおっさん。おっさんの経験値はパニックからの脱却には役立った。すなわち、ビビってテーブルの下で固まっている幽霊よりも早くヤマダの口は開いた。
「お、お前は誰だ?」
「……わ、我……は香夜じゃ……ケケッ」
変なしゃべりかたをする幽霊である。特に語尾。幽霊だけに少し不気味である。足が透けて見えるから人間ではないのだが、それ以外の姿は可愛らしい。顔はまだあどけなさを残した少女。年齢は10歳を超えた方どうかという姿である。
「ここは俺の家だ。出てってもらおうか」
さすがおっさん改造人間。幽霊に対して堂々とした態度である。ヤマダもこの世界に拉致られて、改造人間にされなかったらこのような態度は取らなかったであろう。ビビって、部屋の隅で頭を抱えていたはずだ。
「それは無理というものじゃ。ここは昔から我の住処なのじゃ……ケケッ」
自分のことを香夜と名乗った幽霊。よくよく見ると可愛い姿である。着物でも着せれば座敷わらしと言ってもみんな信じるであろう。
(ああ……不動産屋の奴、こいつのことを隠していたな)
一応、自己物件だと告白したが詳しいことは教えてくれなかった。一晩泊まって何もなかったと言っていたが、絶対嘘であろう。でなければ、契約と同時に逃げるようには帰らない。
「昔からとお前は言うが、家賃を払っているのか?」
「……地縛霊が家賃を払うわけがないじゃろう」
「なら、払え。権利を主張するなら払うべきだろ」
さすがヤマダ。ただのおっさんではない。地縛霊に家賃を請求した。香夜は困ったような顔になった。今までの住人は、みんな不気味がってすぐに出て行ったのだが、屁理屈をこいて家賃を出せと言った人間はいなかった。
「見たところ、お前はおっさんじゃな」
「おう。ヤマダだ。38歳。おっさんだ」
ヤマダ、開き直っている。そして幼女幽霊に対して態度がでかい。
「我のような幼気な少女からお金をせびるのはカッコ悪いじゃろ」
「カッコ悪くない。これは正当な権利だ。年下なら年上に貢がんかい」
最低であるが、この場面では有効である。相手は幽霊だ。弱みを見せずマウントしなければ、取りつかれるかもしれない。
そんなわけで、ヤマダは自分のペースに寄せたと内心でほくそ笑んだ。突然現れた幽霊にたじろかず、その幽霊に言葉で圧倒している。だが、その優位は崩れ始める。
「……お主は38歳と言ったが、我は180歳じゃ。お前のその論理に従えば、年上を崇めるものじゃろ」
「ひゃ、ひゃくはちじゅう?」
思わずヤマダは聞き返した。どう見ても10歳程度の女の子である。だが、彼女は地縛霊。180年前にここで死んだと考えればそれも納得である。
「お主、何か深刻なことに見舞われておるな……」
そんなことを意味深に言われるとヤマダは神妙になる。どう見ても幼女の幽霊だが、自分より年上と言うならそれも納得できる雰囲気になる。
ヤマダはこれまでの経緯をこの幼女幽霊に話した。魔界から密命を受けて旅立ち、今はなぜか勇者パーティのペットとして飼われていることだ。
「ふむふむ……なるほど。これは試練じゃな」
「試練?」
「そうじゃ。お前はその女勇者……チョコ・サンダー何とか」
「サンダーゲート」
「そのチョコ・サンダーゲートという最強で最凶な女勇者と結婚しないといけないわけじゃな」
「……そういうことになるな」
「今のままでは不可能じゃな」
「?」
ヤマダ首をかしげたが、それは前から感じていたことだ。香夜は続ける。
「そもそも結婚するということは、そのチョコとやらをお前は愛しているということじゃな」
「い、いや、それはない……あんな最強で最凶な女は怖い」
「それじゃ無理じゃろ、ケケッ」
「……」
「愛がないのに結婚を了承する女はいないのじゃ。そんなことは当たり前じゃろ」
「そうか……そうだよな……うわああああああっ……」
ヤマダは頭を抱えた。そうだ、結婚とは両者が愛し合い、真剣にならねば絶対にできない行為なのだ。それもしないで軽くプロポれば失敗するはずだ。
今回の場合、最強で最凶な女勇者にプロポり、失敗することは即死を意味するのだ。危なくヤマダは死ぬところであった。というか、そんな基本的なことを考えていなかった。
「そもそも、お主よ。その最強で最凶な女勇者。イメージだとゴリラのような、いわゆる類人猿最強みたいな容貌の女を愛せるのか?」
「ゴリラ、類人猿最強?」
ヤマダは勇者チョコの容姿を思い出した。まずは顔。すごく整った顔は美しい。間違いなく美人さんだ。奥さんにするなら自慢できる。
そして体。男は女の体も気になる。少し背が高いが、モデル体型のすらっとした体は男を惹きつける。胸もそこそこあるし、何より腰からお尻がセクシー。勇者の装備から出ているすらっとしたももや細い足首は、もうベッドで舐めましたいと聖人でさえも変態になってしまうほどである。
それに若い。おっさんにとって若い嫁はそれこそ夢のような存在。すべてのおっさんが求めてやまない究極の存在。但し、多くのおっさんはそれを求めて全て討ち死にする。それが達成できるのは、ハリウッドセレブや大金持ちだけである。
普通のおっさんは、それなりの年の女性と結婚できれば十分幸せである。いや、そっちの方が絶対に幸せだ。それでも一度は憧れる若い嫁。男はおっさんになっても夢を見るアホである。
勇者チョコの姿を思い出すことでヤマダの顔はニヤける。傍から見ていると気持ち悪い。だが、ヤマダは変態ではない。真面目なおっさんである。真面目なおっさんを地獄に落とす魅力が女勇者にはあった。
「お主の顔を見ると、気持ち悪いのじゃ。悪いおじさんみたいじゃぞ」
「悪いか!」
「そういう顔をするから男は信用ならんのじゃ」
「幽霊に言われたくはない。それに健全なおっさんならいい女には惹かれるものだ」
「ふむ。ということは、その女勇者は男なら誰もが惹かれる魅力的な女ということじゃな」
「容姿は認めよう。だが、結婚するのに容姿は関係ない」
「ほう……お主、よいことを言うじゃないか」
ヤマダはおっさんである。おっさんになると出会った女性も多い。そしてたどり着く真実がある。一緒にいたいと思う女は容姿とか若いとか表面的なことは関係ない。心が通うかどうかだ。この安らぎを理解できるには、男も40歳近くにならないと無理なのである。




