モグ子と昼めし
ウサギ男ヤマダは、命の貴さを改めて噛みしめている。勇者パーティの事務所である貴族の別邸から、自分が借りた森の丸太小屋までトボトボと歩きながら、今、自分が生きていることに感謝をしていた。
誰に?
神様と言いたいところだが、この世界の神様は魔界の生物には敵である。だから、改造人間のヤマダは神には感謝しない。神はあのおっかない女勇者の召喚に手を貸し、あの可愛い顔をした恐ろしい女司祭を祝福する敵なのだ。
丸太小屋が近づくに連れて、足が急に軽くなるヤマダ。やっぱり、死の恐怖から逃れられることは嬉しいことだ。
ドアを開ける。当然、誰もいないはずだ。その方がいい。命を拾ったのだから、誰とも離さず、一人で生を噛み締めたい。だが、そんなヤマダの囁かな願いは無と化した。
玄関入ったリビングのソファで大いびきをかいて寝ている生物発見。完全な干物状態の干物女。
モグ子である。
ヤマダはぐうぐうと寝ているモグ子の鼻をつまんだ。ぷうぷうと変な寝息をたてだしたモグ子。顔が徐々に真っ赤になって頬が膨らんできた。
「んんん~っ」
「ぷいいいいいっ~」
口で息をして目が覚めたモグ子。ヤマダと目と目が合う。
「ふぇえええええっ~でモグ」
「ふぇええっってなんだよ!」
「ヤマダが化けて出たと思ったでモグ」
「なんで俺が化けねばならぬ」
「だって、あの女勇者に八つ裂きされたと思ったでモグ。あの惚れ薬を飲ませるのを失敗して、今頃、首だけプランプランと……」
「怖いこと言うなよ!」
ヤマダはモグ子のほっぺたをつねる。痛いと嫌がるモグ子。
「モグ子、俺は女勇者にあの惚れ薬を飲ませたぞ」
「え?」
「その期待していないのにやっちゃったのかよという顔をするなよ」
「いや、ヤマダには絶対無理だと思っていたでモグ。それじゃあ、任務達成でモグか?」
ヤマダはもう一方のモグ子のほっぺたをつねる。
「痛い、痛いでモグ」
「あの惚れ薬、全く効かなかったぞ。一体、なんの薬を持ってきたんだよ」
「効かなかったでモグ?」
「ああ、全く効果なし」
「おかしいでモグ。勇者には毒薬に対する耐性があるでモグか?」
「知らん。最強で最凶というのなら、それくらいあるんじゃないのか?」
「そうでモグか……これは新しい情報でモグ。魔王様に伝えないといけないでモグ……」
ブツブツとなにやらつぶやきだしたモグ子。もうヤマダは面倒になった。魔王の直属の命令を受けるモグ子を見ただけで、魔王軍はどうみてもポンコツだ。だが、どんなのやばくて負けそうでも、勇者側に付く選択はない。
(勇者側についた方がいいに決まっているが、命の保証はない。何しろ、自分の今の立場はペット枠だからな……下手に動くと本当に殺される……)
どうすれば生き残れるのか、真剣に考えているヤマダを尻目に、モグ子は大きなあくびをして背伸びをした。さっきまで寝ていたところをヤマダに起こされたから、まだ寝足りないのだろう。全く呑気な魔界からのメッセンジャーである。
「ああ、ヤマダ、モグ子はお腹が減ったでモグ」
「はあ?」
「お腹が減ったでモグ。何か食べに行こうでモグ」
「確かに今は昼飯の時間を30分ほど過ぎたところだ。だが、敢えてお前に聞こうじゃないか。なぜ、俺がお前と昼飯を食べに行かないといけないのだ?」
モグ子はキョトンとして、そして両方の手のひらを上に向けて首をゆっくりと振った。『何も知らないのね、この改造人間、ばか~あ?』と顔に書いてある。
「決まっているでモグ。接待でモグ。モグ子は魔王様の直属のメッセンジャーでモグ。いわば、将軍直属のお庭番、首相直属のMI6、大統領直属のシークレットサービスでモグ」
「全く、例えていることが理解できないが……」
「だから、モグ子の機嫌を取れば、魔王様にいい評価が伝わるでモグ。これはいわゆる賄賂でモグ」
(ああ……この子、自分で賄賂って言っちゃっているよ……)
ふんふん……と、さも当たり前のようにとんでもない理由で飯をたかろうとしているモグ子。実に残念な子だ。
それでもヤマダのお腹も先程から空腹を知らせる合図がなっているし、モグ子もぐうぐうお腹が鳴っている。昨日の夜に作った芋粥しか食べていないから当たり前である。
「仕方がない、モグ子、町へ食べに行こう」
「そう来なくっちゃ……魔王様にはウサギ男ヤマダは、大変優秀な改造人間でしたよと報告しておくでモグ」
「いや、それは必要ない。割り勘だからな」
「ぶう~。魔王様にウサギ男ヤマダは、大変間抜けな改造人間でしたと報告するでモグ」
「俺はお前のそういうところがダメだと思うけどな……」
ヤマダにとって、魔王の評価はどうでもいい。任務を果たせば、一つだけ願いをかなえられる。人間の体に戻してもらい、元の世界へ送還してもらえばいい話だ。魔王軍で出世するつもりは毛頭ない。
*
昼過ぎのガダニーニの町。人々は昼食を食べ終えて昼からの仕事へ向かう。そんな中をヤマダとモグ子が歩いている。キョロキョロと美味しそうな店はないかと見回す。町の人々はそんなヤマダとモグ子に関心がない。明らかに変な格好なのだが、エルフやドワーフなどの亜人を見慣れているせいか、改造人間風情に驚くことがないようだ。
ヤマダの付けている首輪の信頼も大きい。よく見れば、モグ子には付いていないので、これは魔界の手先だと騒いでもよさそうだが、見た目、可愛い女の子のモグ子に恐怖を覚える人間はいないのだろう。
「あれがいいでモグ……美味しそうでモグ」
モグ子が指さしたのは、広場に臨時で店を出している屋台だ。そこで調理されていたのは、丸い形のパンにハンバーグと野菜、チーズをはさんだもの。ぶっちゃけ、ハンバーガーだ。炭火でじっくりと焼かれたそれは肉汁が吹き出し、匂いからして食欲をそそる。
「モグ子、お前、改造人間モグラ女なら、ミミズとか食べるんじゃないのか?」
「それを言うなら、ウサギのおっさんはニンジンを食べるでモグ」
モグ子もヤマダも改造人間である。改造人間は人間をベースにしているから、原則、人間と同じものを食べる。よって、香ばしいハンバーガーと付け合せのフライドポテトはご馳走なのである。
「ダブルチーズバーガー1つと普通の1つ。付け合せのポテトは大盛りでお願いします。飲み物は冷たいビールとオレンジジュース」
ヤマダはそう店員に注文を出す。店員はヤマダとモグ子のヘンテコな格好でも、全く動じず、普通に注文を受けてくれた。この世界には実に多様性に対して、寛容であるとヤマダは思った。
やがて、ボリュームたっぷりの熱々のハンバーガーが運ばれてきた。木のプレートに乗せられたそれは、実に食欲をそそる。そして、手づかみでかぶりつく。肉汁が口の中に溢れ出す。肉の快感。
(うひょ~っ。これはうめええええっ……)
そしてよく冷やされたビール。なんで冷えているのか少々疑問であるが、きっと魔法を応用したのであろう。そんなことは大した問題ではない。
目の前のガラスのジョッキに入った冷えたビール。昼間からこれをグビグビのめるのは、おっさんにとっては至福のである。
(ゴクリ……)
ヤマダは喉を鳴らした。そしてジョッキに口を付ける。最初に唇にあたる冷たい感覚。それが口にあふれ、喉を通過して胃袋へ入るのが分かる。
(あああ……これは……もう……カ・イ・カ・ン)
そしてハンバーガーへかぶりつく。そして冷えたビールをゴクリ。
(もうたまらん……)
「昼からビールを飲むとは、やはりヤマダはおっさんでモグ」
「うるさい、これはおっさんの楽しみだ。ションベン臭い小娘には分かるまい」
「分かりたくもないでモグ」
そう言いながらもモグ子もうまそうに食べている。この昼飯の選択は間違っていなかったようだ。
「もうあんたなんか嫌いよ、顔を見たくはないわ!」
「それを言うなら俺もだ、ブス!」
「なんですって、この軟弱男!」
ヤマダとモグ子が無我夢中で食べている隣のテーブルで、1組のカップルが喧嘩を始めた。町に住む若い男女だ。ブス、軟弱男と罵るが、容姿は普通。どこにでもいるモブ級クオリティの2人だ。
(やれやれ……。美味しいハンバーガーが不味くなるじゃないか……)
ヤマダは閉口した。食事時に他人の罵倒しあう光景は見たくはない。
(そうだ……そういえば、もう1錠あったな……)
ヤマダはポケットにあの『惚れ薬』があったことを思い出した。ユリの花から取り出して勇者チョコに飲ませた残りの1錠だ。
(この薬が効くか試してみよう……半分でも効くかな?)
ヤマダは1錠の錠剤を半分に割った。それを言い争う2人の客の飲み物へと投入した。激しい喧嘩をしているから、テーブルの端にあるコップにこっそり入れても気づいていない。
「もう顔を見せないで。不愉快だわ!」
「ああ、お前も二度と俺の前に顔を出すなよ!」
二人はそう叫んで立ち上がり、コップの飲み物を飲み干して、このコップをテーブルに叩きつけた。
「好き!」
「俺も好きだよ、マイハニー~」
手を握りあって、そのまま椅子に座るカップル。もう互いの目はハートマークだ。
(な、なんという即効性、なんという効果。魔王様、ごめんなさい。あなたはなんとすごい魔法の薬をくれたのですか……)
ヤマダは魔王のくれたものがクズでなかったことを知った。それと同時にそんなすごい薬を飲んでも、なんともない女勇者に畏怖を新たにした。
(やはり、勇者チョコ……薬への抵抗力が半端ない……)
実際のところ、半端ないのはヤマダへの愛情が半端なく、惚れ薬の効果を上書きしてしまっているだけであるが。それをヤマダが知る由もない。




