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おっさんウサギ男は女勇者にプロポりたい!?  作者: 九重七六八
第2章 ヤマダ、町で暮らす
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会社乗っ取り

「社長、これは人事課長からの報告ですが……」


 深刻そうな表情で秘書の一人が山田に報告書を手渡す。この秘書は既婚者なので、山田としてはわだかまりなく接することができる。


「なに、行方不明だと……我が社の社員が……」


 その報告書は看過できないものであった。開発部2課の新入社員がもう1週間も出社していないという報告だ。


 急成長する山田の会社には、毎年100人規模で新卒生を雇用する。社員の待遇や残業をさせない勤務体系、福利厚生の充実で山田の会社は人気で、離職率も0%に近い。実にホワイト企業なのだ。


 それでも入社して2,3ヶ月で精神に不具合を起こし、出社をしぶる社員もいないことはない。すぐに専門医にカウンセラーと連携して、そういう社員も復帰させてきた。


 何よりも、優秀で精神的にもタフな学生を選抜してきた自信もある。山田の会社『ジャッジメントスター』は、最終面接は山田が行う。受験者一人一人とじっくりと話し、最終的に入社させるか決めるのだ。


 だから、山田は今年入った新入社員の名前を全て言えるし、経歴もおおよそインプットしている。

 その失踪したという社員の名前は『浅草千代子』。


 出身は東京の下町。写真を見なくても容姿を思い出せる。ミディアムショートの黒い髪。黒い眼鏡をかけた少し地味な社員であった。名前も古風でキラキラネームが話題になる昨今、珍しいなと思ったくらいだ。それでも能力には申し分がなく、山田は太鼓判を押して合格させた。入社テストの順位は10番以内だったと思う。


 どちらかといえば、期待の新人であり、成長しだいでは10年後の幹部候補生と印をつけた社員だ。それが入社3ヶ月で失踪なんてありえない。


 ちなみに、山田の会社ではキラキラネームの入社希望者は書類審査で落とす。これはそんな名前を付ける親の能力を評価しないから。


 無論、親は本人の能力とは関係ないというが、山田は名前には魂が込められていると考えている。そんな大事な名前にヘンテコな名前を付ける親の資質を考えれば、落としたほうが無難だと決めているからだ。


 馬鹿な親をもったことが不幸ではあるが、それも運である。豊かな国に生まれるのも運、キラキラネームを付ける親の元に生まれるのも運。運がない者は自分の会社には必要ないのだ。


「1週間もか……」

「はい」

「親御さんはどうしている、警察には、捜索願いを出したのか?」


 山田は人事課長に電話をつないで、報告書の詳細を確認する。浅草千代子は、1週間前に退社後、忽然と姿を消してしまったらしい。


 東京都内のマンションには帰っておらず、友人の家にも寄っていない。実家の浅草にも連絡がないという。


「若い女の子の場合、男絡みじゃないのか?」

「それが彼女の同期や友人に調査したのですが、付き合っている男はいないみたいで」

「それだと考えたくはないが……犯罪に巻き込まれた可能性も否定できないな」

「はい、最悪のケースも想定されます」

「危機管理室と連携を取り、対処してくれ」


 山田はそう人事課長に指示した。こういうことも一流となる会社は、気を許せない。まだ、規模が小さいから社長の山田も関われるが、大きくなるとこういう出来事も社長まで上がってこなくなるだろう。


(株式上場して、我が社はさらに拡大する……そうなれば、社員とはさらに距離が離れるのだろうなあ……)


 これは日々、山田の感じていることだ。直属の部下の役員たちとでさえ、じっくりと語る機会も少なくなってきていると感じていた。


(この会社も最初は3人で始めたからなあ)


 今、副社長と専務をしている森田と畑田は山田が起業した時に、一緒について来てくれた戦友だ。森田は山田と一緒に勤めていた商社の先輩。畑田は大学生の同期だ。


 ただ、森田と畑田とは、最近、関係がギクシャクしている。会社が小さい時には山田の方針に従ってがむしゃらにやって来れた。しかし、会社が成長し、拡大路線の歯車が止まらなくなるといろんな考え方が出てくる。


 最近、彼らは山田と会社の経営方針を巡って対立気味なのだ。


(そうだな……ここらで彼らと腹を割って話すか……)


 山田は今日の経営会議を終えた後、この二人と話を持とうと考えた。


(そうだな……赤坂のすっぽん料理で金曜日の夜だな)


 美帆には悪いが、山田はそう決めた。



 10時になった。

 失踪した社員のことは気にはなったが、最高経営会議が行われる。出席者は会社の代表権をもつ幹部10名。これにメインバンクの代表者がオブザーバーで参加する。


 一番の議題は東証1部に株式を上場する件だ。今は新興市場に上場しているが、会社の成長と規模拡大。日本の企業として世界に羽ばたくために、1部上場という信用の看板は手にしたい。これにより、株価は急上昇するだろう。


「それでは議題を進めます……」


 上場の件の前に、いくつかの議題が審議される。

(おや?)


 山田はレジュメを見て不審に思った。この会では議題にしないとしていた案件が上がっていたのだ。それは大手メーカーの製造する食品の販売である。


「この件に関しては、却下したはずだが……」


 山田はそう発言した。ジャッジメントスターの根本は、世の中に認識されていないものに脚光を当てて、それを広く販売する事業スタイルである。いわば稀少性なのだ。


 それは稀少なだけに、広く需要に答えられず、商売のチャンスを失ってしまうリスクもあるが、その分、ブランドを守れる。


 この大手メーカーの売れ筋商品の販売は、それを覆すものであった。断固として許せない方針である。

「山田社長はそう言いますが、消費者は我が社が選んだ確かな品質のものを求めているのです。それが大手メーカーの製造するものであっても変わらないはず……」


 そう意見を述べたのは副社長の森田であった。森田とはこの件について、十分に話し合いをしてきたから、この場で公然と対立してくるとは思っていなかった。


「それは違うぞ……。消費者は老舗の稀少な商品を求めて、我が社の目利きを選んでいるのだ。大手メーカーの品物を取り扱うなら、他のネットショップで十分ではないか。それでは我が社の強みが生かせない……」


 山田は力説する。だが、ここで役員会の雰囲気が微妙に違うことを感じた。山田に対する視線が冷たいのだ。特にオブザーバーで参加しているメインバンクの副頭取は不気味なほどの笑みを浮かべている。


「強みと言いますが、そのせいで十分な供給ができず、消費者は不満を抱いております。取引先も空前の注文に対して、それに答えようとする動きもあるにも関わらず、稀少性を求め、手作りにこだわる社長のせいで商機を逃しています。これは今後の我が社の成長にとって害であると言ってよいでしょう」


 森田は怒鳴り気味に山田に向けて意見をぶつけた。完全に山田に対する反逆である。山田は怒りがこみ上げ、髪の毛が逆立つ感覚に囚われた。


「森田……それは許さんぞ……」

「許さない、許さないと山田社長はいいますが、会社は社長個人のものではない。我々は株主のために会社を善き方向に導いていかないといけないのです。私たち、取締役はその点を忘れてはいけません」

「忘れてなどいない!」

「水掛け論ですな……」


 森田は専務の畑田に目配せをした。本日の司会をしていた畑田専務は、兼ねてからの計画通り、用意していたメモを読み上げる。


「緊急の動議を提案します。山田正則CEOの解任を求めます」

「な、なんだと、畑田!」


 山田は怒鳴って立ち上がった。だが、畑田は冷静である。山田の声は聞こうとしない。


「賛成の方はご起立ください」

(う、うそ……だろ……)

 取締役が全員起立した。山田は力が抜けて椅子にへなへなと腰を落とした。

 全員一致で山田は会社から追放されたのであった。


 放心状態の山田。何が起こったのか分からない。

 15分以内に立ち退きを命ぜられ、山田はオフィスビルの1階出口まで警備員に連れ出された。黒塗りの社用車は迎えに来ない。


 部屋を出たときに秘書の美帆は目も合わせなかった。社長じゃない山田には興味がないのであろう。夕方のニュースには、山田の電撃追放のニュースが飛び交った。そのせいか、行きつけのクラブやホステスからのメールも途絶えた。


(結局……女は金だ。地位を失えば、寄ってこないのだ……これだから、女は嫌いなんだ)


 山田は一人、公園のブランコに腰掛け、ゆらゆらと体を揺らしている。伸ばした足が砂地を削り取る。


(反撃だ……俺は反撃する。地位は失ったが、俺には人脈がある。金もキャッシュでまだ2,3億はある。ジャッジメントスターの持ち株を売れば、40億以上はある。それで会社を作る。ジャッジメントスターを潰してやる!)


 山田の瞳には復讐の火が燃えていた。自分を裏切った友人たちへの復讐。手のひらを返したような女どもへの復讐だ。


「おじさん……おじさんの顔はコワイでモグ……」


 不意に話しかけられて、山田はビクッと体を震わせた。街の中でよく聞く女子高生のトーンだと直感で思った。こんな人気のない夜の公園では、異質な声である。そして、その異質な声は足先から放たれていた。山田は恐る恐る声のする方へ視線を向けた。


「な、なんだ、お前は?」


 自分の伸ばした両足の先に穴が空いており、そこにちょこんと顔を出した女の子に気がついた。もう夜の8時。闇に包まれた公園は、ぼうっと白く光る電灯によって、辺りが照らされている。


 穴の中から頭だけ出した女の子の顔は、影になってよくは見えないがモグラの帽子を被って、手もモグラのような長い爪と明らかに常軌を逸していた。


(おいおい、コスプレイベントが近くで開催されていたのか……いや、それにしては、なんでコイツは穴から顔を出している?)


 山田の思考は若干の混乱を来たしている。どう考えても想定外の状況である。


「うちは改造人間だモグ……魔王様の命令で、心の暗い別世界の人間を拉致するでモグ」

「ら、拉致だと?」

「拉致でモグ。天界の奴らは優秀な人間を転移させているから、魔界はそれに対抗する話でモグ」

「な、何を言っているのか、俺にはさっぱり分からん」

「おじさんに適応力を求めるつもりはないでモグ」 


 山田は変な女の子に両足を掴まれた。女子高生のような華奢な体型なのに、その握力はとんでもなく強い。山田の足は自分の意思では1ミリも動かせない。


「な、何をするのだ!」

「文句を言わないでこっちへ来るでモグ」



「うああああああっ……」


 こうして山田は抵抗する間もなく、一気に穴へと引きずり込まれたのであった。


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